A White Rainbow

創作をする人の日常と考え事の壺。

◆カテゴリー表示の際、記事タイトルクリックで全文表示されます。

ロボットと椅子取りゲーム!?

 私の考え事が残っておりました。

ただ書くことを控えているので、はてなブックマークをちゃんと活用することで、私だけのネタ帳?のようになってきております。

公開されてるものだと思いますし、非公開にするほどでもないし、そこからの入口もあるでしょうから(* ॑꒳ ॑* )

何で知るかは、わからないし双方に基本的に良いものであれば大切ですね。

 

それでは、今回の考え事の中身を表すのに記事を探してまいりました!

 


今さら聞けない「人工知能(AI)」の仕組み 「49%の人は仕事を奪われる」は本当?|TIME&SPACE by KDDI

 

ちょっと、古めで4年前ですかね。

AIについてなんですけど、これには私なりに思うところがありました。

 

以前、テレビを見ていた時のものです。

人工知能(ロボット)は、先のことを考えて行動していくしくみがある。それに伴い、これをするとどうなるかがわかってしまうために、動きを止めてしまうことがある。

これは、課題だそうです。

 

私達はどうでしょうか?

 

そのロボットは、態勢を崩して転ぶことを嫌がったのです。これをしたら、転んでしまう。そう思って、動けなくなった。

私達は、転びますよね。

そして学びますし、幼い子には時に手を差し伸べてはいけないとされることも教育上あることは、知ることがありました。

 ※賛否の分かれるところではあると思いますが、今回は教育の仕方やモラルの話ではないのでご了承くださいm(_ _)m

 

自分で起き上がることを覚えさせる。

いつからか、人はかすり傷であるなら、自力で立てるのなら立つんですよね。

それは、心がへし折れた時にも言えます。

 

ロボットには、まだそれができないという特集を見たんですね。

仕事のロボット化計画は確かにあるそうですが、課題は山積みでしょう。

けれど貼らせていただいた記事には、先のことも予見されて書いてあります。

私が見た特集も、もう数年前。

最新の情報を得るにはその分野ですが、ブログにおいては、私はそういった話題のものを避けていく体質であること、特化した専門的な知識あるものでもなく、一般にということを意識して書いています。

 

何かを知る機会は、その人がそれを知りたくなった時。

 

話題性は、一過性とも言える。

インフルエンサーならぬ、インフルエンザーではさすが、言葉の響きが似ているだけあるなと思って、一同苦笑か( ˊᵕˋ ;)

人工知能なら、どちらなのかあっさり見破れたりするのだろうか?

 

Σ( ºωº )!!

サーモグラフィーの可能性!?

 

インフルエンサーって別に体温普通ですもんね。対してインフルエンザーは頭が赤いかもしれないし、サーモグラフィーに何らかの異常が表れるかもしれない。

ネットの人工知能によって、この膨大な情報量が検閲され、文章をサーモグラフィーできたら...。その前に文章書いた時は、Siriちゃんが校閲してください。私はAndroidですけど(´•ω•`)理想は放流される前にかなぁ。

 

ふっとわくけど、やっぱり、VS人工知能って考えちゃう。アイロボットだったか、映画がありますね。

 

自分と戦うの。膨大な情報が生きていくのか、それとも本人が生きていくのか。

それは、人生を生きていくのか。それとも人生が生かされていくことになるのか。

そんな恐ろしい可能性を見てしまいます。

 

立場を奪うということ。

仕事にもよく見られる光景でしょうか。

私は、生活における人間関係<友達>で既に。

気づけば、この位置って...。

 

こわーい!((((;゚Д゚))))

 

でもね、人の世もまた自然の摂理のごとく、うまくできてるんだって。それ、よく言われるんだよね。

今がいいのか、それとも10年先を見据えるのか。もっと、先かもしれないけど。

人は、幸せになるために生まれてくる。

不幸せになるために、人としてオギャーする命なんて想像つかない。

 

生きていくその道に、私は花を咲かせられるのか。

 

誰かの心の虹の一欠片になることってそういうことで、それも忘れてないです(* ॑꒳ ॑* )

そのために、学んだこと、得られたもの。

それらをゴッソリ失う悲しみだって、ちゃんと流れていくよ。

けど、私は泣いてばかりいても何も変わらないし、変えられないことを知った。

自分で立ち上がることを覚えた。

それは痛さを知ることにあるし、すべての人ができることでもない。

だから、まだAIに教えられる段階ではないんだろうなと、人間らしさって不器用な生き方にもきっとあるなと考えます(っ ॑꒳ ॑c)

ロボットは、柔道の受け身をインプットしたら転んでも平気になるけど、どこかしら部品壊れるかな(笑)ということは、クッション素材を巻き付けて、もふもふにすれば...。

柔らかロボットの完成。

クッション言葉も覚えちゃう(*´ω`*)

 

近未来では、一家に一台ロボットか!?と言われたりもするそうですが、スマホがあることを考えたら近い将来なのかなと思いますね。

いい未来であってほしいです( ˙꒳˙ )

 

 

フェイク+ニュース=ブログ?

今回は、毎日新聞さんの少し前の記事が、私の書きたくなったことを既に書いて下さっていたので拾ってきました。

 

フェイクニュース:作られ方 ブログ管理人が内幕語る - 毎日新聞

 

はてなブックマークからです。

毎日新聞さんも、朝日さんと同じく有料で記事を読めるようにしていますし、それでもおそらく需要があることや私が本当にリンクに使用したかったのはスマイリーさんのものであり、文章にその価値があるからこそなのだと理解しました。

情報ですからね、言葉は。

特に、ニュース関連のものを発信するというのは、そういうことです。

 

つい先日も、名誉毀損となるような、無関係とされる方への迷惑行為が報道されていました。

セパレートな時代のはずなのに、「父親の会社」という情報は莫大な情報の利益を生むんだなと考えさせられます。

 

セパレートという言葉を使うのは、人生に陸上や水泳などのひとりひとり与えられたコースをイメージしています。

それは、スマホという文明が生んだ、成人を待たずして大人になり、世界に飛び込んで行く、または共に何かの勝負やレースで競うということにあります。

 

さて、ここでいう"大人になる"というのは、頭なのかそれとも精神か。

正解に最も近いのは、ですね(´•ω•`)

 

近い将来、人類は親指だけ異様に伸びた生物になる。

 

私は、高校生でガラケーだったアラサーですが、学生時代に聞いた言葉でした。

今なら、その理由が明白ですね( ˊᵕˋ ;)

私は、中指でのタップを使用しており、スワイプは早打ちのために無意識に覚えてしまったもので、ガラケー世代だからこそ、やりやすいようにと開発した?独自の、または独特な文字の打ち込み方です。

 

それは別記事にあるのですが、主に私の過去のものは、ほとんど雑談記事であるために貼りにくいことこの上ないです(´>∀<`)

今は記事でのアクセスが多いことを理解し、その都度要約などとして同じことでも書くスタイルの方が楽です。

 

スワイプは文字を打っている感覚がタップで打ち込むよりも、感じにくいのではないか。

 

これを考えていたんですね。

残念なことに、私にはそれを調べたりするツテがないですし、またデータなどの情報も入ってこないために調べるということでしか信ぴょう性を語ることはできません。

 

毎日新聞さんは、そういったことにも触れて記事にされていました。

今は、確かに表現の時代ではあるものの、それはまるで校閲・編集部なき出版(発信)や、誰もが編集者で筆者で記者ができてしまう。

私は、これを日本のみと捉えていましたが、ニューヨークのテロがあった際にアメリカにもあるものだと理解しました。

リポーターの後ろには、スマホを掲げて捜査関係者や人々、リアルタイムのごとくその様子をスマホにおさめている人が複数映されていました。

 

彼らは、撮影したものをどのSNSに投稿し、文には何を書き、どのような反応をもらったのか。

 

いいね!も、ブログにおけるアクセスも似たようなものではありますが、形を変えていくことがよく表れているのかもしれません。

人の欲が数字で、ランキングで目に見えてわかる。

 

私が本当に書きたいこと、最初に書きたいなと思い、ただ書くことをふと立ち止まるようにやめたことに心理はあります。

 

ランキングは、日本人が大好きなものとされています。

そして、いいね!には欲望が今一番油のようにのっています。少し下火になりつつあるとは思いますが、それは早くに気づいている人達の数に表れているのだと思います。

 

私も、ブログをやるなら気にするものはあります。けれど、見られてないことを逆手にとり、初めは好きに楽しく書いていました。

それはもう、大草原を走り回るように。

寝っ転がってひとりで笑ってる感じでした。

 

私は、ネットを大草原だ大海原だと表すのが好きで、アメブロのタイトルにあるように、あれは復活の際に変更しているのですが、私のブログなど本当にネットにおいては大草原の中にある小さなものにすぎないんですね。

大海原に至っては笹舟と表します。

こちらでは、謎の仁王立ちをしている設定です( 'ω' )たんなる表現の自由ですが。

 

書いたら、見てもらいたいですもんね。

そしてそこに生まれる、欲望。

人はを作り出す。

 

私がにほんブログ村に参加してるのは、安心感生まれるかなと思ってのことです。

あぁ、このブログは何位なんだなと。

ただ前述のとおり、少し調べれば出てきますが意味はないものになったのだと、今はわかります。

にほんブログ村を経由する必要はなく、検索でいいですし、はてなブログに至っては独自のアクセスの泉が設けられていることがよくわかります。あらかじめグループに入れとくというシステムの利用です。

解析はアナリティクスさまさまですが、パソコン版に至っては、はてなブログでもどこからいらっしゃったかはわかりますからね。

私はあのくらいの情報量でいいんですけど(っ ॑꒳ ॑c)

 

アナリティクスさんは、失われた秘宝である検索ワードが見れるのでおもろいくらいですね。

サーチコンソール?を登録するんですけど、ひと手間ですね。なかなかうまくいきませんでした。今も、よくわかってません!

だから、使いこなせないんですよー(´•ω•`)

 

"好きだからいじめたい"で私のブログが表示されるという事実と、なんか引っかかったんかと思う私と、これを検索ワードにする人の心理ですよ。でも、クリックはされてないっていう、真実はいつもひとつ!m9(・Д・)

 

私みたいに、広告なんかに興味はなく、ブログは無料でやりたいなwって人にはアナリティクスさんってそんなにね。

楽しいだけで、結局ブログは楽しいな♪で終わる。

 

始まりも、終わりも楽しいものを。

私は、それが資格もなければ知識も足りない、フリーランスかと思うほどにフリーダムな発信者であり、素人という立場の人に許されたある種のテーマパークなのかなぁと感じられますねφ(・ω・ )

 

金のガチョウならぬ、嘘のガチョウ。

これは、責任はガチョウではなくその持ち主になると思っています。

けれど、これは私にも言えることで、無責任な情報発信が結果的に許容され、興味を持たれ、可能な時代だということですね。

 

過去記事にあるんですけど、わざわざ一言書いておかなければならない時代だそうで。

魚拓のくだりでそうしてあるんですけど。

 

私は、たまに疑問を持ちます。

なぜこの人は、その手の職についてないのかと。サクセス、ご縁ストーリーは大好きですが、私のように叩きのめされたり、邪魔されたりすることが思っているよりもずっと、多いのではないだろうか。

 

そんな人に救いの手を差し伸べるのが、ネットであってほしい。

 

発信できるということが、その人を知る手段なのだから。

 

私の離れた、本当の人間関係へ贈る届けたいもの。

 

こんなに、表して書けるようになりました!

私は日々にひどく落ち込むこともあるけれど、やっぱり好きなものは支えだから。

知ることができ、そしてあとで読めるものを残せることに、喜びと幸せを感じる。

残してきたものは、大切な大切な物語。

 

そして、読んでくださる方々へ。

知っていただき、本当にありがとうございます。

私の糧であり、変なねつ造をされてきて、今なおされやすい私の、唯一無二の真実を知る者だと思っています(*^^*)

 

Birth of Truth! (造語で、訳は翻訳アプリによるものw)

(∩^o^)⊃━☆゚.*・。

 

 

幸せとクソの物語『悲しみの温もり』

魔法使いさんは、妖精たちと花畑で歌う、いつかの夢をみて、涙をこぼしながら目を覚ましました。

 

魔法使いさんは飛び起きると、急いで滝に向かいました。

 

 

滝には、妖精の姿はなく、コロボックルがいました。

 

「さっき、最後の妖精が挨拶をして消えていったよ。」

 

 

魔法使いさんは、叫びました。
何の言葉かも聞き取れない程に、叫びました。

 

コロボックルが止めるまで、叫び続けて、涙をたくさん流しました。

 

「妖精たちは、知ってたんだ。君に涙が返っていくのがどういうことか。それでも、妖精たちは君に涙が流れていく時を願っていたよ。」

 

魔法使いさんは、言いました。


「涙は…」

 

コロボックルがその後の言葉を繋げてくれました。

 

魔法使いさんの泣く声は、滝の音をかき消すように、空に届きました。

 

 

幸せとクソの物語『忍び泣く』

魔法使いさんは、自分の体調から、森が元気になっていく様子も感じ取っていました。

 

天候も以前より安定して、過ごしやすくなった。

 

 

──でも、妖精の姿は滝のそばでしか見れなくなった。

 

そのことが気がかりで、もう誰も失いたくないと呟きました。

 


妖精達が泣く声が滝の音に消えていきました。

 

 

 

そこに立つ。

最近、スマートニュースから産経さんのアプリに変えました。産経プラスというアプリです。

 

移転したことから、今後はブログでもTwitterのようにニュースをひとつでも拾っていきたくて、自分の書きたいことが書きやすいものを厳選してはいますが、情報が溢れる時代に生きていることを表すべく、極わずかでも、日記ではそういう書き方をしていきたいなと思います。

 

今日は、この記事を見つけ、思わず拾ってきました。

 


復興のシンボル「一本松」②【東日本大震災パノラマ】Vol.510 - 360°パノラマ写真 - 産経フォト

 

①は、クリップしてありますが木の写真が少し違います。どちらがよりその息吹を感じるかと個人的に見比べて、②の記事を選びました。①も悠然と立っている、まるでひとりの人間のような姿が見れます٩( 'ω' )و 

 

あの日を、忘れた人はいないでしょう。

それが東北の人なら尚更です。

けれど、私は自分の身に起きた出来事とそこからの人生を思っても、体験したもの、置かれている環境の違いは、こうも言葉が変わるものかと感じた一言がありました。

 

「もう○年も経ったんだ。」

 

私は、"も"と"しか"の違いは雲泥の差だと思い、その違いは時に人を傷つけると悲しくなりました。

東北の人や被害に遭うとわかりますが、時の経過が体感で変わり、それを実感するのに季節やふと気がつくという感覚があると、思うのです。

 

じゃあ、これを発言したのは…?

そういう状況の人かもしれない。

 

私は、その表現の違いからやりとりを少しすることになりましたが、違いました。

どんなやりとりかは、もう忘れてしまいましたけど、他のことでも表現の違いは明白な人でした。

 

どちらが正しいとかではなく、またそれは間違ってるとかでもない。

それが言葉による表現で、誰もが発信できる時代ですね。

 

ただ、感じ方と同じ言葉を発しても、その重さは変わってくるという、人生そのものを感じずにはいられない言葉だなと思った一言です。

 

それは、写真を見ても感じるものに表れてくるのでしょう。

 

その悲しみは本当にあったもの。

こうして、のこせるものもあるから。

姿を見ることで、自然の持つ脅威だけでなく、力強さと生命の奇跡を感じてくれるなら、立ち続けよう。

 

偶然にも、書き始めた時期的なものもあるとはいえ、自身の創作に大樹を描く私には、写真を見て思うことは記事にあるとおりで。

一度は枯れ、治療を施されて帰ってきたこの木に重ねるものは、涙と優しさです。

 

人は、治療をしてくれるから、地球を傷つけ汚し破壊しようとも、共に栄えて生きている。

いつまでも、争いや出し抜くことをやめない人々。憎しみは憎しみしか生まないと言われる。それは、同じことを繰り返すから。

やられたから、同じことやってやろう。

それでは、前には進まない。

舟を漕いでいたのに、漕ぐことをやめて大砲を撃ち合うことに似ているから。

 

すべての時代を繰り返すかのような、それともずっとそうしていたかのような、時代のうねりと呼んでいる大きなもの。

 

パラダイムシフトと言うそうですが、スマホで起きたのだから、スマホの中で起こそうかと手のひらの世界に、見えるものは。

 

自分の見ている、世界ですね(* ॑꒳ ॑* )

 

書きたいことを表したものがあるので、アメブロにも載せたことがあるものを載せます。あんまりイラスト描かないし、画力はないと思ってくださいね( ˊᵕˋ ;)

 

f:id:hanakonekono:20180420180752j:image

 

雨が降ったあとの、とある日の虹を私の車窓から。


f:id:hanakonekono:20180420180857j:image

 

心穏やかに、日々を吹く風のような言葉を届けられるよう、私も現実世界で戦います(´•ω•`)

 

幸せとクソの物語『夢幻の温もり』

魔法使いさんに聴こえる、かつての森の声は、時を経て、だいぶ小さくなりました。

徐々に体調が良くなっていき、それと同じくして、空も安定し森はいっそう輝きを増していきました。


コロボックルも、森が元気になっていく様子は目に見えてわかりました。


木々の緑は、より鮮やかになり、花も咲かせるようになっていました。


大樹を除いて。


コロボックルは、大樹のそばに行き、声を聴こうとしました。


一度だけ、大樹の声を聴いたことがありましたが、それ以来聴くことはできずにいました。

「あなたには生命の輝きがある。それはきっと支えとなり、私にはできないことができるでしょう。あなたにひとつだけ頼みがあります。」


それが、森を綺麗にすることでした。

コロボックルは、この森に生まれてその足で歩き始めた時から、森を綺麗にしてきました。


あの日、魔法使いさんに会って、変わったこと。

教えられたこと。

たくさんの日々を思い出して、魔法使いさんのクッキーを口にすると、再び花畑が目の前に広がっていきました。

コロボックルは、花畑の中を歩いていきました。


風に揺れる花畑。
知らない間に頬を伝っていく涙。

コロボックルは、あの日の出来事を思い出しました。


「涙は…生きている温もりそのもの。」

魔法使いさんが現れました。


「…魔法使いさん。」

コロボックルは、謝りたい気持ちでいっぱいになって、でも声にならないもどかしさに走り出しました。


以前と違って、どこまで走っても終わりのない花畑に、コロボックルは泣き止みました。

ふと、辺りを見回して、寂しくなりました。


「優しさは、いつしか無に返るもの。」

魔法使いさんが後ろに現れて、言いました。

コロボックルは、その言葉に続けて言いました。

「生半可な気持ちで、人の悲しみに触れてそこに倒れてしまっては、意味がない。」


花畑は風にさらわれるように、ふっと消えていきました。



魔法使いさんは、その様子を見て少しうつむき、柔らかく微笑みました。

形を変えたら、ナンゾコレ。

 

hanakonekono.hatenablog.jp

 

ふと、パソコン仕様でスマホから器用に書いてみる。

過去記事貼れるの便利ですね!

こういうところも、はてなブログの好きなところかな!

 

ちょこちょこ、まだ移転から間もなくて勝手がわからずいじってみてるのですが、ちょうど1年前の記事に上のリンクのものがあると出てきて、読んでみたら今はだいぶ減っている感覚に、落ち着きを感じています。

 

1年という、時の流れ。

その中に流れていく、自分の心は方丈記のようでこれが実感というのかなぁとあの日からの私を受け取れる、穏やかな心を知ります(* ॑꒳ ॑* )

 

尊敬する夏目漱石先生は英語が堪能で、英訳されたそうです。

そういった本やブログなどは検索すると出てきます。

 

お前は、1年後もその悩みに囚われているか。

 

これを聞いたとされる、塾の先生でしょうか。

たしか、天声人語だったように思うのですが…違ったら修正しますね。

これは、悩める受験生に言ったとされるものです。

不思議と、大人になってからも響く言葉ですね(っ ॑꒳ ॑c)

度々、流れから語らせていただいてます。

 

良きものは、何度話に出しても良さは増える一方で、決して悪くは語られないのですから。

その記事や言葉に出会えることも、今の時代ではご縁とされて大切にされていきます。

情報が溢れて氾濫しているように見えますけど、取捨選択はその手段、アプリを通しても、簡単ではないのかなぁと思います。

 

それを知るのは、何度目か。

それとも、知るのは何年後?

 

ブログをしていると、過去記事ってタイムマシンと化しますね!

私は、敬遠されし日記wではあるものの、書いておいてよかったと思えるものを目指しています٩( 'ω' )و 

 

大河ドラマ明智光秀

麒麟さんが好きですみたいなタイトルでした。

主演の方は、見たことがある方で演技に魅力を感じた方ではと思います。

楽しみですね(*^^*)

 

時の流れに、心に吹きわたる風を感じる、春。

 

時の果てに見える影は、遥か彼方のあなたなのか?

 

石田三成に届けたい言葉があって、書いた詩の一部です。

好きな武将を思って、風が思いを運んでくれたらいいのにね(*´ω`*)

 

三成、今も結構人から好かれてるよ!って伝えたいなと思って。

私の中で、彼は元祖暴れん坊将軍みたいな人です。

主に佐和山でそうだったのかなぁと思って。

 

大河で新しい三成も見たいな。