White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

フェイク+ニュース=ブログ?

今回は、毎日新聞さんの少し前の記事が、私の書きたくなったことを既に書いて下さっていたので拾ってきました。

 

フェイクニュース:作られ方 ブログ管理人が内幕語る - 毎日新聞

 

はてなブックマークからです。

毎日新聞さんも、朝日さんと同じく有料で記事を読めるようにしていますし、それでもおそらく需要があることや私が本当にリンクに使用したかったのはスマイリーさんのものであり、文章にその価値があるからこそなのだと理解しました。

情報ですからね、言葉は。

特に、ニュース関連のものを発信するというのは、そういうことです。

 

つい先日も、名誉毀損となるような、無関係とされる方への迷惑行為が報道されていました。

セパレートな時代のはずなのに、「父親の会社」という情報は莫大な情報の利益を生むんだなと考えさせられます。

 

セパレートという言葉を使うのは、人生に陸上や水泳などのひとりひとり与えられたコースをイメージしています。

それは、スマホという文明が生んだ、成人を待たずして大人になり、世界に飛び込んで行く、または共に何かの勝負やレースで競うということにあります。

 

さて、ここでいう"大人になる"というのは、頭なのかそれとも精神か。

正解に最も近いのは、ですね(´•ω•`)

 

近い将来、人類は親指だけ異様に伸びた生物になる。

 

私は、高校生でガラケーだったアラサーですが、学生時代に聞いた言葉でした。

今なら、その理由が明白ですね( ˊᵕˋ ;)

私は、中指でのタップを使用しており、フリック(※訂正スライドするヤツ!)は早打ちのために無意識に覚えてしまったもので、ガラケー世代だからこそ、やりやすいようにと開発した?独自の、または独特な文字の打ち込み方です。

 

それは別記事にあるのですが、主に私の過去のものは、ほとんど雑談記事であるために貼りにくいことこの上ないです(´>∀<`)

今は記事でのアクセスが多いことを理解し、その都度要約などとして同じことでも書くスタイルの方が楽です。

 

フリック入力は文字を打っている感覚がタップで打ち込むよりも、感じにくいのではないか。

 

これを考えていたんですね。

残念なことに、私にはそれを調べたりするツテがないですし、またデータなどの情報も入ってこないために調べるということでしか信ぴょう性を語ることはできません。

 

毎日新聞さんは、そういったことにも触れて記事にされていました。

今は、確かに表現の時代ではあるものの、それはまるで校閲・編集部なき出版(発信)や、誰もが編集者で筆者で記者ができてしまう。

私は、これを日本のみと捉えていましたが、ニューヨークのテロがあった際にアメリカにもあるものだと理解しました。

リポーターの後ろには、スマホを掲げて捜査関係者や人々、リアルタイムのごとくその様子をスマホにおさめている人が複数映されていました。

 

彼らは、撮影したものをどのSNSに投稿し、文には何を書き、どのような反応をもらったのか。

 

いいね!も、ブログにおけるアクセスも似たようなものではありますが、形を変えていくことがよく表れているのかもしれません。

人の欲が数字で、ランキングで目に見えてわかる。

 

私が本当に書きたいこと、最初に書きたいなと思い、ただ書くことをふと立ち止まるようにやめたことに心理はあります。

 

ランキングは、日本人が大好きなものとされています。

そして、いいね!には欲望が今一番油のようにのっています。少し下火になりつつあるとは思いますが、それは早くに気づいている人達の数に表れているのだと思います。

 

私も、ブログをやるなら気にするものはあります。けれど、見られてないことを逆手にとり、初めは好きに楽しく書いていました。

それはもう、大草原を走り回るように。

寝っ転がってひとりで笑ってる感じでした。

 

私は、ネットを大草原だ大海原だと表すのが好きで、アメブロのタイトルにあるように、あれは復活の際に変更しているのですが、私のブログなど本当にネットにおいては大草原の中にある小さなものにすぎないんですね。

大海原に至っては笹舟と表します。

こちらでは、謎の仁王立ちをしている設定です( 'ω' )たんなる表現の自由ですが。

 

書いたら、見てもらいたいですもんね。

そしてそこに生まれる、欲望。

人はを作り出す。

 

私がにほんブログ村に参加してるのは、安心感生まれるかなと思ってのことです。

あぁ、このブログは何位なんだなと。

ただ前述のとおり、少し調べれば出てきますが意味はないものになったのだと、今はわかります。

にほんブログ村を経由する必要はなく、検索でいいですし、はてなブログに至っては独自のアクセスの泉が設けられていることがよくわかります。あらかじめグループに入れとくというシステムの利用です。

解析はアナリティクスさまさまですが、パソコン版に至っては、はてなブログでもどこからいらっしゃったかはわかりますからね。

私はあのくらいの情報量でいいんですけど(っ ॑꒳ ॑c)

 

アナリティクスさんは、失われた秘宝である検索ワードが見れるのでおもろいくらいですね。

サーチコンソール?を登録するんですけど、ひと手間ですね。なかなかうまくいきませんでした。今も、よくわかってません!

だから、使いこなせないんですよー(´•ω•`)

 

"好きだからいじめたい"で私のブログが表示されるという事実と、なんか引っかかったんかと思う私と、これを検索ワードにする人の心理ですよ。でも、クリックはされてないっていう、真実はいつもひとつ!m9(・Д・)

 

私みたいに、広告なんかに興味はなく、ブログは無料でやりたいなwって人にはアナリティクスさんってそんなにね。

楽しいだけで、結局ブログは楽しいな♪で終わる。

 

始まりも、終わりも楽しいものを。

私は、それが資格もなければ知識も足りない、フリーランスかと思うほどにフリーダムな発信者であり、素人という立場の人に許されたある種のテーマパークなのかなぁと感じられますねφ(・ω・ )

 

金のガチョウならぬ、嘘のガチョウ。

これは、責任はガチョウではなくその持ち主になると思っています。

けれど、これは私にも言えることで、無責任な情報発信が結果的に許容され、興味を持たれ、可能な時代だということですね。

 

過去記事にあるんですけど、わざわざ一言書いておかなければならない時代だそうで。

魚拓のくだりでそうしてあるんですけど。

 

私は、たまに疑問を持ちます。

なぜこの人は、その手の職についてないのかと。サクセス、ご縁ストーリーは大好きですが、私のように叩きのめされたり、邪魔されたりすることが思っているよりもずっと、多いのではないだろうか。

 

そんな人に救いの手を差し伸べるのが、ネットであってほしい。

 

発信できるということが、その人を知る手段なのだから。

 

私の離れた、本当の人間関係へ贈る届けたいもの。

 

こんなに、表して書けるようになりました!

私は日々にひどく落ち込むこともあるけれど、やっぱり好きなものは支えだから。

知ることができ、そしてあとで読めるものを残せることに、喜びと幸せを感じる。

残してきたものは、大切な大切な物語。

 

そして、読んでくださる方々へ。

知っていただき、本当にありがとうございます。

私の糧であり、変なねつ造をされてきて、今なおされやすい私の、唯一無二の真実を知る者だと思っています(*^^*)

 

Birth of Truth! (造語で、訳は翻訳アプリによるものw)

(∩^o^)⊃━☆゚.*・。