White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

ネットにfor you?

奉納いたします。

これも挨拶文としてアリかなぁ( ˙꒳​˙ )

短くして、奉納。の意志を表す。

 

私、考えてしまってすごくビックリしたことがありました。

メモアプリにまとめていたのですが、抜粋するとネットに画像などをアップすることって、あげるって言うんですよね。

それ、やっぱり疑問を持った方がいて質問されてたんですよ。

 

「漢字変換すると何ですか?」

 

私は、高校生の時がガラケー世代なので、普通に""で認識していたように思いますし、答えた方もそうでした。アップの訳ともとれます。しかし、揚げるのか?挙げるのか?

  1. 加工したものや天ぷら的な意味で揚げる。🍤
  2. 手をあげるように、挙げる。🙋
  3. 手放すという意味でバンザイ。🙌
  4. (っ'-')╮=͟͟͞͞🎁) ゚д゚ )←ネットさん

 

4なのかな!?と思ったら、誰だかわかんないeveryoneでsomeoneなのに、anyone!:)

という怖さを知り、そして何よりもプレゼントなんてするからだ( ゚∀゚)o彡゜バーカバーカ!が成り立っている世の中に、ぁあああああああノ)゚Д゚(ヽ!!!ってなってしまった、わかっていたのに…おバカさん。<3

 

(๑・㉨・๑)<3←これは、鼻息荒い人が使うものであっていると思っていますが、正確には♡です。縦で認識しておりますし、コロンブスの卵的に見ているので、ハートは立っています。

ʕ•ᴥ•ʔHELLO!!The heart is standing!

(๑・㉨・๑)そうだよ、気がたってるんだ。

 

┌(┌*ΦωΦ)┐≡3フーッフーッ

 

(๑・㉨・๑)よく似てるだろ?鼻息と。

 

そんなFF11のちょっとおかしな話もありました。

まぁ、ネットにあげるっていうのは大草原や大海原として見れば、見つからないはずのものなのに、畑を知られればネットの駅(!?)などではなこ産として知られてしまうものというのは、私より少し若い子には怖いんですけど!と教えてもらってない恐怖があるんですよね。戦慄迷宮なんだね。大草原で大海原で、戦慄迷宮…。(´•ω•`)

 

ヴァナ・ディールの涙

さて、それでは本日の悲しみと喜び。

本来私は、この涙として相反するのに流れていくことのあるものが鎮めるものは、怒りとしていました。

悲しみを深く感じてしまえば、人は怒る元気がなくなってしまうのです。慈悲を持つというのは、怒りに身を任せるということがなくなります。これは、人としてなかなか手放したくないものでしょう。

誰かを本気で怒れなくなるのですから。

 

誰にでも、悲しみはあり、それが闇を生むこともあります。

それを理解しなくていいと、まるで桃太郎のように鬼と見れば成敗するのは、鬼の首を取ったようとも言われますし、ヘラクレスともとれます。ヘラクレスは、しし座の獅子をモンハンのように討伐しておりますね。

そして、他にも罪深き行為をしており、末路は天体で今も逆さ吊りということで。本で見ましたが、これを現実にしてしまうのは良くないのは世界に見られる刑罰ですね。

ヘラクレスは、星の話ですからね。

 

桃太郎は、日本の民話ですね。

誰もが、"どこから生まれた桃太郎"ではどこ太郎…ドコダロウ?と言われます。

(๑・㉨・๑)え…惑星さえも?

ʕ•ᴥ•ʔまさかっ!!奴の話していた土星人と木星人が地球人が結婚相手にいいって、本当だったのか!?

♪惑星を超えて〜ら・ら・ら星の彼方〜

 

涙は空へ返る

お天気雨には、狐の嫁入りなどに見られる、不思議な現象として残された神の演出用語がありますね。

 

あなたの流した涙も、いつか空が聞き届けてどこかに雨を降らします。

 

私は、ゲームで流した涙は多さでいえば悔しさや悲しみよりも、小さな喜びや大きな感動によるものが大きくて、最近の映像や演出などの向上による映画を観ている感覚は、まさにゲームから得られるものとして、日本ではこれが道徳的と考えることもできます。

しかし、統制がきいておらず、残虐なゲームやいじめ、殺人事件など様々な悲しみを生み続けて、それでも放置されてしまうほどに世界や日本でさえ、問題が山積みであることが悪循環を招いていますね。

ゲームは娯楽ですが、本当のところはどうでしょうね。

暴力行為に繋がることになっても、ゲーム感覚は真の恐ろしさを発揮し、バーチャルなリアリティを感じながらの行為となって、心は完全にRPGならば討たれる側になってしまうのではないでしょうか。

この世に生きていく感覚の喪失は、最も恐ろしい理由にずっと気づけないことがあると思います。まるで、もしもボックスのように、ひとりだけずっと、そこにいるのです。

例えれば、初めはいたはずの仲間や友人もいつか終わる夢を悟ったように、いなくなってしまいますよね。ゲームセンターに始まり、家庭用ゲーム機が描いた悪夢は、地獄です。

ゲームセンターなら、卒業するように行かなくなりますね。そこに仲間がいれば、梅雨前線のごとく停滞し、立ち止まっている時間は人生そのものです。ならば、ひとりになるまでゲームセンターで遊び尽くし、その寂しさを知ることもまた、涙でしょう。

想像しただけで、私はそれを家庭用ゲーム機に重ねて涙がたくさん出ましたね。

その理由もまた、時代の表れであり、本当は誰もが感じられるものです。

 

私があの時亡くなっていたら…。

そう考えて見れた光景には、家族のひとりがまるで生前の私をそのまま感じるように、FF11にキャラをログインさせ、パソコンを開いたまま誰もそこには座らず、動かせない状態で変わらずに笑顔で楽しんでいる姿でした。

私の死後、この家は家族はどうなるんだろうかと、そこに悲しみを感じて、自分が生きていることの意味を深く考えるようになりました。

 

ネットゲームとゲームセンター。

家庭用ゲーム機。

今は、それぞれが家にいながら、現実の友人とも遊べるし、いつだって世界や日本中の人と会話やゲームを遊べますよね。

こういうのは、始まりが一番大変だし少しずついろんなものが整備されていくことと、同時に不思議と人が集まってくることは、そのまま活気となります^^

けれど、よく言われるのは楽しい人が広めて、楽しむ人が集まってきて、ええじゃないか!ええじゃないか!→暴徒化した。

つまんなくなったって、言われる流れですけど、なんでつまらなくなるのでしょうね。

つまらない人達が来るからって言われてるけど、どんな人達なのか。

寂しい人達なんだろうなと思います。

遊び方も生き方も、性格も何もかもがサビらしいやり方なんだね。

歌にしたら、サビってすごいことです。

しかもずっと続くと、聞いてる人や好きなら盛り上がっちゃったり、嬉しくなっちゃったりする。…わびかもしれない(´•ω•`)

わびしい人だったか。わび・さびで言えば。

ちょっと、時代感じますね。

けど、命もずっと続かないんですよね。

 

必ず、終わりがあることを知るのは子供の時です。

線香花火は、人生を描いているそうで。

最後まで見ることは、子供の頃を思えば簡単ではありません。

しんみりしちゃいますけど、あの演出の素晴らしさはその一喜一憂にあります。

感動し、けれど決して手放しでは喜べず。

最後まで、しっかりと握って自身の目で見るのです。静かに消えていくその灯火は、命そのものですから。

This is 日本ですね✩°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝

 

その涙は…

FF11の深い深すぎるほどの楽しみには、闇もあるとされており、中には人生が変わっていった人もいると聞きます。

夜中だろうが携帯ひとつで仕事のように呼び出され、ログインして強敵を倒す。

仕事から帰ってきてすぐにログインして、仲間やミッションの約束事をこなす。

私は、私のペースでちょうどまとまってしまった時間を使って、もう一度生きていきたかったので、そこにファンタジーの夢を見て、その魔法を覚え、救われた人間です。

タロットカードの塔を思う私は、既に崩壊したこの人生をどう生きようかと探す、冒険者となり、塔を逆に築いたように思っています。

そこへ、自分の家族はこのゲームで家庭崩壊させたんだという人間がやってきたとしましょう。

「何だこのパネルみたいな塔はw俺の塔なんてもっと城みたいに立派だぜ!」

その塔が、自身が望み、思い描いた人間関係から得られた城だったら、どうですか。

 

(๑・㉨・๑)何それ、ズヴァール城?私のそれはモグハウス。リアル汚部屋なんだけど、綺麗にできるか試しにやってみた、心のお部屋。

 

闇王(一応ボス)がリアルにいらっしゃるゲームということで。闇王は、汚部屋どころではなくデーモンだらけだし、アーリマンいるし、ワープするところまであって、すごい。

でも、ラスボスじゃない。

ラスボスは、知らない。

噂では、ホームポイントだとされていた。

石の見る夢で、ボスがホームポイントにとても似ていて、ホームポイントの逆襲と揶揄され、私はそこにメッセージを見つけてしまった。

 

この石を壊して、夢物語から目を覚まし、思い出を大切にいつかまた共に夢を描こう。

 

ホームポイントを壊すということは、ストーリー的にも繋がりを見せており、コナン君で言えば黒の組織に潜入する話に近いですから。

エンディングも感動を呼びました。

しかし、その後も続き、さらなる大団円を描いたようですが(笑)

私の冒険は、開拓者で閉じています。

楽しかった!本を閉じるように、私は現実に帰ってネバーエンディングストーリーを読んで歩いていくような、人生です。

ところが、私がネットで読んだ闇には、親がハマってしまって、子供に与えた影響が闇そのものだった例もあるのです。記憶の彼方に眠る、読んだ気がするネットの世界。

今なら、考えられるのではないでしょうか。

 

当時だって、そんな親!と言われました。

子供がかわいそうだと。

もちろん、これはすべての、親という立場で当時プレイされていた方に当てはまることではないと思います。

けれど、その悲しみは深く。

 

それこそが呪縛であり、幻影。

そして、秘宝となり神兵は現れる。

いずれはすべてを魔境へと誘う。

 

その闇は、呪縛。得られたものはすべて幻影。本当の秘宝とは、共に戦う心を持った兵。そして再び、闇は魔境に眠る。

 

私が感じた悲しみも痛みも、吟遊詩人として歩いた私があの世界に石碑として残すなら、そう書いてくる。

考えていたことがあった。

すべて…力や魔法、武器や防具を手にして、最強だ!と思うのは、もう昔なんだと。

それは、モンハンでも少しずつ装備はお好みで、選択は自由だとされてきていたし、最強大好き!はまるでアラサーの私には子供時代のゲームだなぁと。

 

大きな歪みは、ヒズミともされ、隔たり、分断が目立ちます。

 

私は、ファミコンは子供の時で、ポケモンも赤と緑は小学生です。その時、私よりも歳が上だった方々はウォリアーオブライトとして、あのヴァナ・ディールにいて、一緒に冒険したんだとか、同じゲームできたんだ!と思えるほど、攻略やマナーは先を行く方々に作っていただいた、甘い汁吸ってました世代ともとれなくもなくて。でも、アラサーの中にも最前線に並ぶ方々はいたし。

それは部分集合だし、全部じゃないからね。

 

その装備をとるのに苦労はどれほど、そしてネットゲームで特にFF11では人脈は大変でしたから。そこに私は気づいてしまって、野良を好んでいましたし、基盤はモンハンでしたから、なおさら最初は装備がなかなか手に入らない悔しさや悲しみは感じていました。

次第に、自分の限界や冒険の書であることを意識して、本当の楽しみは秘宝だと思える日々を描くことができたと思います。

 

人それぞれに楽しみがあり、歩いた道には何が残されるのか。

 

使役されているようだとされるジョブを私は好んで喜びとして、戦士達のピーアンが効果を考えれば使い所なんてほとんどないのに、いい歌なんだろうと思っています。敗北し立て直すために衰弱から治るのを待っている時に、おまじないのようにピーアンを歌い次は勝ちたいなと御守りのように思って(思ってるのは自分だけ)、奏でてみたのですが、詩人さんいいから座ってて!と注意されるようなキャラでした(笑)

その方がいいからという、暗黙の了解みたいなものですね。

 

(๑・㉨・๑)戦場の詩人、ルーウェンハートさんに憧れて。やってみたけど、怒らりたwやはり、兵どもはメヌエットが好きである。

 

私は、考えました。

闇に勝つ唯一の方法(流行りの誇大表現)を!

それをお教えします!(誇大広告)

 

もしも、暗闇の中で心が育ったなら。

ネットゲームの闇を知っている者として、ゲーム開発者になって、自らの呪いを解くためにもそんな闇を作り出さないゲームを未来のために、今の子たちに託して光とする。

 

それはいつしか自身を照らし、闇は晴れるだろうなと、呪いを解くためのたくさんのカーズナに願いをかけて頑張ったかもね。

そして、それなら納得するものも多く、仕返しだと言われれば何も言えず、降伏するような、力を秘めた無血開城の凄さに思う。

 

最強大好きを、従来のゲームに閉じ込めるように、向いてるよ!と投げ…どうぞと差し出すのは、自分以外中の人が存在しないゲームであり、自分の意のままに楽しめるシステムの、この記事の最初に描いた悲しみの夢の世界へ夢幻として楽しんでいただきたいなと思ってしまいますね。

 

誰かの悲しみや喜びを共に感じ、悲しみには言葉をかけたり、喜びにはおめでとう!などと心から言えるようになるには、嫉妬や妬みを幻にすることからかなと思う、ヴァナ・ディール。

 

アイテムのみならず、人間関係においても、なかなか壮絶な世界を築いていたようで、ネットゲームあるあるのようですね。偶然、Twitterやブログで同じような女キャラにまつわる大奥的なエピソードを知りました。

 

本当の共有って、なんでしょうね。

 

まだまだ、言葉も思いも足らず。

ここに書くだけで何を感じられようか。

人は、その人を前にして勝手なことなど言えないものだ。

それほど、悲しみは深く刻まれていく。

喜びなど感じられない心で、憎しみの宝庫であるゲームに、嫌なもの以外得られるものなど最初からないのだろう。

 

ブラックホールに、人がなる。

心に、ブラックホール

 

私にも、闇はある。

それは時々感じるけれど、ブラックホールかもしれない。

 

私が星の光を夢に見るのは、心に闇が訪れて、本当はぶつける側に走っていきたいからかもしれない。しょせん、こういう類の内容は戯れ言であり、綺麗事なのだから。

机上の空論とは、人の心にこそふさわしい。

 

今は、手のひらの中におさまるけどね。

 

その手中にあるのは、他の誰でもない。

自分自身だ。

 

私にわかるものなんて、あるあるあったあった。そんな程度のことなんだよね。

まるで、アイテム。

(๑・㉨・๑)ありますよ。出しましょうか?

 

そんな会話も、ジョブ構成においてありました^^

また、今年もあますず祭りが終わってた(´•ω•`)

ヴァナ・ディールがないと、1年のイベントが感じられなくて、楽しくないなと思ってる(笑)

現実より楽しかった理由のひとつかもね。

何より、うちの猫はヴァナ・ディールに入りたがっていたように思えた。パソコンの後ろにまわりこんで、上から画面を覗き込んで自分が映るか見ていたように思った。

そして、遊んでいた仲間がこっちに向かって手を振ったために、猫パンチで私のノートパソコンが倒された…。

 

いつかは召喚獣になってほしい( ˙꒳​˙ )

 

思い出話は、このへんにしておこう。