White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

庭のほうきでランデブー

I dedicate my heart to words.

 

奉納する意を英訳して、心をそこに表しますというようなものにしてみたのですが。今後、このへんをちょこちょこいじって、足し算引き算かけ算わり算で完成させようと思います。あけましておめでとうみたいなやつ。

後半は残したいかな( ˙꒳​˙ )

 

ブーメランがお好き

お熱いのが…というのもありましたね。

ドラマだったかな。学生時代に話題でした。

ブーメランwなんですけど、以前も解釈をしたことがあります。これ、一番最初に言った人すごいですね!言われた人もすごいけどね。

私は、ブログを書く前に紙で練習しており、その時に自分の言葉に対してのたとえを見つけていました。書きたくないのは、それは私の人生経験からくることで、とても大切にしていることだからです。けれど、ひとたびこれが明るみに出されれば、根掘り葉掘り私のブログやいろんなアカウントに残してあるものがまさにブーメランしてしまい、あっちゃこっちゃに飛んでって、最後は私に向けて投げられて…クリティカル!なんてなるんですね〜。

これに関しては、そんなに(御自身の)言葉が好きなのに、やってることは…ってなってしまいますけど、じゃあアナタはどーなんですきゃあ⤴!?という切り返しも、よく見かけるもので。

 

(๑・㉨・๑)おっしゃるストリート!(※Twitterよりバズってたやつから一部引用)

ʕ•ᴥ•ʔいただきストリート

(๑・㉨・๑)キャットストリート

ʕ•ᴥ•ʔデモンズランス!!

 

ぷよぷよの連鎖みたいですね。

テイルズオブシリーズ混ぜてるけど。

まだまだ、ここでこれを言えば…よしっ!黙った!(*´Д`)イケル!イケル!という戦法は有効ですよね。一般人にも、会話においてはボス戦ということで。スタンかなぁ。連続魔スタンもいるのかな。完封なんて言われてしまうやつですが、この使用には欠点もありますし、これを出さなければならないというのは、苦戦を強いられるからでしょう。

現実に置き換えたら、為す術もない状態にさせるものですので、会話においてやる!というのであれば…拘束されている、もしくは黙らされている状態にあり、これをして勝つ相手というのは社会的地位司法のような、国の中枢に近いものとしましょう。

なぜなら、欠点のひとつに相当な敵対心があるからです。

スタンという効果を持つ魔法は、敵対心の高さがあり、そんなに使用できないリスクがあります。それを最も理解するのは、レベル制限によるところも大きいものの、常時その魔法を保持し、使える者にだけ課せられた重さであり、便利だからと安易に使いまくっていると、いらぬところで活躍できないほどの災難に見舞われるでしょう。

現実に置き換えたらね。

FF11の約10年前の戦術指南です。

それは、別に広がることを拒絶しないので、私なりに書くのですが膨大です。

それ以外の私の言葉は、基本的には持ち出し禁止としたいんですよね(笑)

経験値兼書庫ですから。

 

簡単にその域に来て、言葉を持っていく。

用法用量を守って…ってブログにも言えるのかもしれない。貼り手や盗人は、この人生のリスクやデメリットを理解しておらず、そこだけ切って持って行ってしまう行為であり、図書館の本でやられてたらどうでしょうね。

世界中央図書館(仮)ではないために、持ち出し禁止である認識などないですから、自由wなんですよね〜。表現の時代に、自分の言葉を書いていかないのは、もったいないですけどね。

自分で辞書や資料集を作っているような時代だと、どこかで聞いたものですから。

もっとしっかり、インターネットというものを理解してから、私も使いたいです。

 

過去を見る

これは、Twitterやブログにおいてありがちですかね。

見たけど〜って言われてしまうもの。

勝手に見ているのは変わらないですけどね。設定によっては見れるからね。そもそもの発端に揉めるような事柄があるとすれば、勝手に見たことで、終始勝手となってしまいます。

昨今は、支離滅裂が多いそうで。

マイクロソフトさんによると、英訳ではところでを表すby the wayとされました。

ちなみにを調べていて偶然辿り着いた、まるで竜宮城跡地のような、言葉の遺跡

私は、ファイナルファンタジータクティクスも大好きで、儲け話で遺跡やらを見つけてはいいなぁと思えるものでございました。

どうやら、私の頭は少しその世界観から酒場が設けられているようで、言葉の儲け話(遺跡ツアー)がよく発生するのです。

 

(๑・㉨・๑)どうですか?頭の中にちなみに…って言いまくる、通称チナミちゃんがいたら。

ʕ•ᴥ•ʔ正体を確かめに行ってみよう!モンクと狩人と召喚士…あとはアイテム士!いってらっクマー!!

 

この儲け話は、なんだか攻略にちゃんと必要なジョブがあるらしい。とりあえず、モンクを派遣していた。

持ち前の何かがあって、よく執念深く探し続けてくれていたように思います。

 

さて、話のわき道はこのへんでおしまいっ!

 

ちなみに…の英訳ビックリですよね。

全然違うこと言う前兆ってことですよ!

そして、支離滅裂へ繋がる理由がby the wayを使って、まるで訳して日本語としているような状態という、私の(変だなー標準語をさらに何かに翻訳するんだよなー…)と2年は前から感じていた出来事に発展していってしまいました。

クソリプやらで調べてみると、人によっては日本語が苦手なのでは?と指摘しています。

そういうところからも、私は日本に生まれて日本で育っていたらわかっているはずのものがわからない人…離れていたとも考えられますので、安易に日本語=日本人という決めつけの元、対応をしてはいけないのかも!と思います。

 

それでも、この日本人の思い込みがそのまんま恥となるのは、英語ができないと思い込む理由ともなっていきますので、日本語は難しい…よね?と思っていたりもするのです。

そして、それを英語などにも当てはめており、簡単にできる!話せる!などと言って、相手を不快にさせてはならないこともしっかり授業で学んでいくものです。

できる人は羨ましいし、単純に頑張ってるからだし、尊敬するとしているのです。

 

言いたいことが言えればいいのでしょうか?

 

まずは、そこかもしれません。

けれどそれは、自国の言葉だからこそ、そうなのだとしたら。

外国語にも、特に英語ですが、世界共通語だからと、言いたいことを言うだけで相手の感情や言葉はわからないでは、コミュニケーションとれてないよなと思いますね。

日本語でさえ難しいとされるものが、果たして母国語ではないもので、本当に可能なのか。

まして、言葉の理解という、とても難しい領域に突入して、散策するように相手と常にエンカウントしまくるのが、口論への発展です。

母国語なら、私は国語的能力から意味や使い方、自薦他薦(!?)問わずエピソードなどふまえて、口論の際にも説明しだすことがございます。

 

~口論の森~

(๑・㉨・๑)いらっしゃいませ。

ʕ•ᴥ•ʔ!?何。なんかコンビニのチャイム聞こえたベア!

(๑・㉨・๑)…ご一緒にポテトなどはいかがですか?

ʕ•ᴥ•ʔえっ。♪ハンバーガーショップ

 

誘いの森から口論の森へ入ってしまった、ミミタロウ。

 

そんな感じで、森の奥地へ入っていってしまう感覚はRPGならわかりやすいのでしょうか。これでおもしろいとか思われたくないけど。法律のアストラルフロウは一掃できるなぁwwwとワクワクしているものですから。

森のイメージは、FF11のデュナミスですね。

しかも、私のは改編前なので30人31脚みたいな仕様の、裏世界です。

そんな団体さんで攻略しよう!wなんて、私はデュナミスのでっかい石像か。

 

(๑・㉨・๑)マジやだ〜。ドッスンドッスンしながら黒魔道士にスタンかましまくり。デーモン(元ネタがソロモン?)喚びまくり。前衛の相手をさせながら、後衛は根こそぎドッスンで倒す。イメージはね(笑)

 

なんていうか。

この時代の娯楽は、いつから口論になったのかなぁってこんなに豊かなのに考えてしまいますね。心に貧乏神が住んでしまうって、よく汚部屋の人が綺麗にしても、また汚くしちゃうのと似ていて、貧乏神に住みやすくされているのか、または気に入ってしまったがために飼っているのか。

心が豊かになるのは、他人がどうでも良くなることに始まり、やがて共感することに涙を流し、いつの間にか共有する喜びを取り戻すことにあると思ってます。

1回みんな、自慢だとかやっかみだとか全部なくしたほうがいいと思います。

そういう見方をするようになったのも、覚えたのも、それを自分でいい!と思えるのかも知ってるのは自身だけですから。

 

手放すって、怖いんですよね。

でも、怖いと感じるのは強いからですかね。

ジェダイの哲学』では、ダークフォースとされていますし、それは手っ取り早く強くなれるとされ、そして今度は不安や畏れを抱くようになるのだそうです。

畏れ(おそれ)と読みますが畏怖という言葉が日本語にはありますし、FF11ではミッション名に畏れよ、我をというものがあります。

このミッションの敵は、誰でしょうね。

有名なミッションで、武士道とはに繋がっていきますね。私の記憶の旅では^^

 

ここまでで、大体がFF11からのお話であることがあげられますが、膨大であること、そしてそれは当たり前にひとりの人生として誰もがそうであることを意味しています。

すべてを理解できないこと、また知ることも私が許さないこと、自ら歩いていくことの難しさと大切さはそれこそがLifeだからです。

 

ブログがあって、いろんな情報や文章が読める時代で、私はそれに度々感謝をするのですが。だんだんと嫌になってきているのは、バカにするために見る、穴を見つける、改ざんする…などと、その使い方に見られる考え方の腫瘍(悪性)を見つけて、そろそろオペレーションかなぁと思うからです。

 

主婦はまた別になりますし、若い子にスポットライトをあててみるとわかりやすいのは、指針や指標がなく、道路標識もないような道を歩いていっているように見えるんですよね。

懐中電灯やロウソク、スマホの灯り、雑誌の地図(大丈夫?それホニャララのじゃない?)でダンジョンやフィールドさえもわからない地帯がインターネットでしょうから、大変ですよ。

懐中電灯にあたるものとか、他もですが、何だろう?って考えるのも必要なことです。

 

私は、未来に今私がイメージしている広大な世界に、もうひとつの地球を見ていて、創りあげていく大切さや歩いていくことの意味を人類の歴史としたいなと思いました。

そこには、夢に見た大樹があり、人々の悲しみや喜びが葉となり花を咲かせ、実を結んでいる、この木なんの木!を想像します。

 

私自身、過去記事に見られるようにたくさんの言葉を紡ぎ、そこには押し込めた感情や心がたくさん散りばめられている状態です。

誰かを罵ることもあるし、怒りを持ってぶちまけることもあります。これをしないって、すごいことで、喜怒哀楽の一部を消すために、代わりに失ったものは何ですかと聞きたくなります。

私は、私の喜怒哀楽に忙しく、たまに共有や共感をするなら、そこには取捨選択があるとしていますし、答えなき考えろ!の押し付けや謝れ!という罵声は起承転結ができてない人に多いかなぁと思います。時と場合によりますが、そんなに謝らせて…という声も確かにいろんな事柄から生まれています。

私は、闇属性のシェンロン!?をイメージしたことがあり、めんどくさくなったのである時期の頭の中の問いかけには、わかった。何か願い事をひとつ聞いてあげようと返していました。すると、それでいいんだ…と思うような願いばかりで、これは楽だなと思ったものですが、大体トンチで返してたようなものなので、召喚獣ダジャレ王ダレジャンは強いなと思っております。

今は、扉を閉じてますね。

二度と御開帳のような状態にはならない、追い詰められた人の悲しみの表れですね。

 

栽培や畜産のように、人もストレスを与えたら…そんな時代でしょうか。

いつまで?いつから?

 

(๑・㉨・๑)それが、人が背負っていく罪なのかもしれませぬ。

 

ʕ•ᴥ•ʔ♪不安な気持ちを残したまま〜

 

聴いてたものですから(笑)