White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

夢想阿修羅権?(˙◁˙)

How am I to know the good side from the bad?

ルーク/帝国の逆襲より

(じゃあ、善と悪をどうやって見分けたらいいンスか?)

ルークは、ダークサイドを「悪」だと思っていたが、ヨーダはそう表現しない。その理由は『ジェダイの哲学』全文を通して語られている。

善悪は個人の視点によるもので、すべては「自分にとって都合が良いか悪いか」によって左右されるからである。

──『ジェダイの哲学』より

 

今、Twitterを中心にリアルな国民の声を…と思ってもこんなものやらないとする人々も少なくないわけで。Twitterのことは現在進行形で最も下水道的な場であると考えてみているので、住民とするのが最適なのかもしれない。

Twitterは、本当に側溝のようである。

学級委員タイプや優等生タイプの大人の砂場であることは、たまに本当によくわかるのですが、見かけるととてもつまらないです。

珍百景すぎる(´•ω•`)

こういった自分だけの、自分による自分のための王国(お花畑)がブログだと思えば、主張できる場があるっていうのは、そういうやり方に異常性(こじらせてしまった承認欲求と現実逃避が入り交じった複雑なメレンゲの心)があるように見えて、脳内BGMに懐かしのドラクエ戦闘曲でも流れれば、自分に限らずエンカウントかと思ってしまいます。

 

学生時代に、そういった優等生とエンカウントなんて、私はありえなかったんですけど。友人が成績優秀な生徒で、人柄もリーダーシップをとるなど私はピクミン状態だったこともありますし、言いにくいことを汲み取ってくれるような心優しき親友の存在にも感謝は尽きないですから、そういう人の縁に多大な影響があることはブログを書くようになって、理解が深まると同時に涙することもあって、私は恵まれたなと思う人生の彩りの大半です^^

今は、こうしてブログを知り、読み進めてくれる方々もいて、そこにも同じようにご縁の感謝を感じずにはいられません✩°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝

 

だからなのか、大人になっても優等生ポジションを忘れずに言葉で猛威をふるうって、気をつけてほしいなと思うのは、英訳したらそれは挨拶がわりの「I don't know.」で終わってるよね?と、出オチの理由と余計な一言による痛烈な嫌味で、今はこれが流行ってるみたいですが妙に丁寧に言うのに、初っ端から殴るような発言を好むというのは、嫌なオバサンみたいな印象を受けてしまい、見知らぬ人が突然の姑!?となる現象です。そのうち公式に(?)名前つくと思います。

 

(๑・㉨・๑)枕詞リプライ!で、どう。

ʕ•ᴥ•c彡))Д´) アイドンパーンチ。

(๑・㉨・๑)なぐります(言葉で)っていう枕詞オススメ。

 

自分のツイートを利用する

Twitterもインスタも、なんだかそもそもをわかってない人が増え、ブログでいえば荒らしのように大荒れで、天気でいっても嵐なんですけども。アカウント名に昔なら何号って書いてほしいし、いつの間にかアメリカのような名前を日本もつけていたことに今年になって気づき、…ナルホドと思えるかもしれませんけど。

基本は、自分を大切にすることSNSでは必要になってくるのですが。行きすぎて、自分大好きなOBは困惑させてしまいますね。意見はなるべくフェアウェイ、ラフ。バンカーはまた愛する人もいるそうですから。

ひとりひとりの許容範囲こそが、共有するという素晴らしい考え方で、この時代を表すもののひとつの文化であり、文明とも言われる心の開花でしょうか^^

 

確実に、人類はパワーアップしている。

そして失われた技術と文明を取り戻せる気がしてきます。あの時失われたのは、今ならよくわかる方も多いと思いますが、優しさや思いやりをどんどん忘れていったのでしょう。

シータが、後半ラピュタ王(自称)を相手に「ラピュタがなぜ滅びたのか。今なら私、よくわかる」と言うのは、そういうことを自分の目で確かめられたからですよね。

ラピュタに、技術力や心理の結晶を重ねて見てみると、大人のラピュタになり、バルスできる勇気や度胸に、ふたりの命懸けの決意がわかります。

誰もが何かに対して一度はムスカとなり、「素晴らしい!ムスカくん!🔫 (′ω’ )」で、君のアホづらには心底うんざりさせられて、シータやパズーでもある。

カオナシと同じように、ジブリキャラにみんながなってしまうし、願えばなれるのかもしれない( ˙꒳​˙ )心次第で。

 

 ラピュタの私的な解釈をしている過去記事はこちら☟
hanakonekono.hatenablog.jp

 

言葉による表現を主体にする場合は、ブログとTwitterは相性がいいこともわかるので、ブログ専用の、Twitterではない記事ご紹介アプリや検索システムは欲しかったと嘆いてます(笑)

インスタでも言葉のみで、直筆や編集による技術を用いて表現される方もいるので、やり方次第ですよね。

それでも、もうちょっと!痒いところに手が…と願ってしまいます(笑)

 

はてなブックマーク

最近は、ブックマークに居心地の良さを見つけて、言葉を残して私なりの承認欲求を満たして、たまに安心感を得てブログを書くためのエネルギー源にしています。

Twitterよりは、変な(主張をする)人が少ないというか利用者の人間性の比率が私の探し求めている人々だと思い、Twitter無双に疲れてきていることを自覚しました。

お子様なのかおば様なのかわからない強気な発言が占めているので、当然支持されていくのも、そういった宣伝カーに乗ったかのような、ロックンロール!?してる人と思えば、望月の欠けまくって新月になる様子は、いとをかし( ˙꒳​˙ )

 

他人の言葉を見るって、当たり前だけど自分とは合わない人もいるんですよね。これじゃ、SNSを含めて、インターネットが学校そのものですね。

ブログだって、エアブログというエア系ですから。…空中庭園って、いいな。

ブログは、選択肢があるけどTwitterは基本的にはリプライを拒否できないから、存在も知らなかった人からは不意打ちで100%クリティカルなんですかね。

 

丁寧な罵りという、相反するからこそ厄介で気持ちの悪い言い方も、この時代の産物であり、廃棄物なのかもしれない…。

ネットでは、Twitterを中心にえぇじゃないか!して、現実ではダメじゃないか!してる、世はこんとんじょのいこ

 

ʕ•ᴥ•ʔそんなこと言ったって、しょーがないじゃないか。

(๑・㉨・๑)そんな発信は、そりゃ渡る世間の波打ち際は鬼ばかりやでぇ。…まいる!

 

どこまで行っても自由。けれど沖に流されても遭難しても、その当初と同じ自由はない。

 

その森に入るのも入らないのも自由。

入るからには、その都度道が変わり続けるナイズル島(FF11)を思い、ダンジョンって考えてやるべきなのかもしれないよね。

小話を添えて、注意書きと立て札に。

 

 最近、書いたお話。星空文庫さんに繋がっています。☟

slib.net