White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

貴重な時を生きる、everyone!

ฅ•ω•ฅ色即是空

 

連日整理している、「Twitter」はいろんな声を反響するものとしての地位が絶対的になり、本当にたくさんの声が入っているので、まるで言葉や感情の缶詰みたいです。

私は、ネットとインターネットは同じ意味だったのに、分かれたように思います。

今回は、そんな「捉え方」のお話。

 

いつから…

このブログも、ネットという大草原に放り投げている、ただの紙切れのようなものです。

風で運ばれて、誰かの顔にバサッとかかれば腹が立つものでしょう。

でもそれは、私には選べない風向きなのです。そして、そこにいたからそうなったというのも、私にもこの世界の誰にも未来の空気のように読めないもので、書いた時にはわかりません。

過去記事では、風が吹く理由や生まれる場所を知る術があると記しました。その答えは、天気予報士ですが。

 

見えないネットの世界の天気予報士なんて、いるでしょうか?

 

私は、それに近いものを考えてみたのですが、その答えは日々起きるさまざまな出来事に取捨選択はあっても、それぞれに関心を持つということにあるので、今最も言われやすい問題のひとつ「無責任な発言」は道路や線路にたとえると、置き石のような妨げになり電車では特に文句を言われてしまいますね。そして、それはいつまでたっても停滞している心の梅雨前線のようなのです。

 

今のネットの天気予報士に近いのは何なのか。

 

検索結果を見れば、少し前とではえらい違いであることは、わかりやすく記されている方がいてそういう人はバズっておりました。

私は、Googleがゴーグルに思えてなりません。

ネットを見る、ゴーグルです( ³ω³ )

 

✧インターネットの歴史は意外と古く、まさに光の速さです。音のない状態の雷のようですね。最近、やたらそういった雷雲も見ます。

 

わかりやすそうな外部サイト様☟

 

 

これを見るだけでも感じていた違和感はハッキリと数字に出ていて、私がネットにも触れ始めた時期と今を比べると、3年前の時点で約20%も普及率は違いを見せているのです。

その合間に縫うようにあるのか、まち針か。

年表に丁寧に記されていますが、妨げるのとは真逆に、提供されまくるサービスがあります。

それをやるな!なんて言われても、嫌ですよね(´•ω•`)わかるよ、それは嫌だよ。

大人やある一定の年齢には許可されていて、自分たちはダメなんて嫌だよ。車や酒やタバコみたいでも。

でもそれ、時代の流れだから。

生まれてきた西暦にしか、怨みはぶつけられないと思う。本当は。

 

じゃあ、学生時代特有のストレスはどこの誰にぶつけられるだろうか?

 

それがみんなが言いたいであろう、ネットに触るデメリットだけど、さわるって「障る」なんて表現もあって「障害」と同じ字になってしまうね。

答えは、不特定多数に放たれてるというもので、大人にもそれは言えるから双方に一致しなければならないもの。そこが同じなら、使ってるものは同じなんだね。

何も、「全部若い子のせいだ!」なんて、誰も言えないしそんなことはないんですよ。

 

病んだブロッコリー

文化を何気なくブロッコリーに変えてみたら、ブロッコリーの木やコンパニオンプランツというものを知りました。

アンダーグラウンドは、研究される方々がいて、本になっているものもあります。

専門の方々がいる分野なんですね。

そして、代表とされる2ちゃんねるには、今では有名になった中二病が相まって、大人社会と学生社会が入り交じったマンホールの下の世界が広がっている様は、たとえたら千と千尋のようでしょう。

千尋はトンネルだし、神隠しですからまんま当てはまるわけでもないのですが、まるで中二病とありのままの神隠し」ですね。

 

今日、何気なく考えていたことは宮崎さんはアンダーグラウンドにもラピュタにも、それぞれに世界感を描いていたことがカリオストロの城からもわかります。この作品は、評価がある時変わったといわれています。

そして、名台詞はとっつぁんから。

「○○なものを盗んでいきました。」

この台詞はネットでもよく見ると思います。

 

(๑・㉨・๑)心盗られちゃったクマァー!

 

ʕ•ᴥ•ʔ先輩、心あったんですね。

 

(๑・㉨・๑)エッ…!!

 

盗まれたのが「情報」なら、大変なものどころじゃございませんね。

 

まとめる

記事ごとにいろいろと世界観を書いていますが、私自身もSNSやブログの考え方にはずーっと疑問があり、Twitterは本当に生きているように考えても考えても、その機能の意味がシンプルすぎて逆にわかりません。

Twitterを楽しいと思えるならば、いっそ口論のもとになりやすいとされそうな、世代は交代するように後退して、抗体を身につけるように、何かがわかっていた人々は年齢問わずいるのですから、何が楽しいのか説明してもらう立場にあるのかなと思います。

たしか、そういうことを過去に話して、今度は大人がその楽しみを教えてもらう側だと、言うためにやりたくないけれども、情報とわずかな談笑というエサをつるされ、ご一緒させていただいたのかなと思いますし、そう言わなきゃいけないんだと思うほどに、無作為で無差別に言葉が強いです。゚(゚´Д`゚)゚。

 

最近見かけたのは、世にもふしぎでした。

以前からかもしれませんが、まるでガラケーのメールのように文章を構成している…と思える書き方が目立ってきました。

ついでに、それは口論の際に本当によくわかります。Twitter的なやり方はそうではなかったと思っているので、台風の風向きが変わった瞬間をとらえた映像のように、看板のようなものが飛んでったと思ったら、また戻ってきてもう1回くらうのかなと思う感覚。

 

(๑・㉨・๑)はぁー…なんか飛んでったクマねー。  

    🌀 三回  (´・∀・`)

 

(๑・㉨・๑)!ʕ•ᴥ•ʔ当たりそうですね。

 

    三回☆・∀・`)!?

 

(๑・㉨・๑)風向きが変わった…。

ʕ•ᴥ•ʔレースはまだこれからですよね。

 

   oh!?(´・∀・`☆回彡.。

 

過去記事で登場したアイテムのひとつ、「回は国が小さくなっていく様子として使用され、もとは□の中に生まれた王様とドッジボール」でした。

国家とは読まないで表す、漢字と記号とドッジボールイラストが描けないもんですから!仕方なく、漢字や記号でやってるのです(笑)

一番笑っているのは、放送禁止用語かもしれませんよ?ʕ•ᴥ•ʔ

 

わかりずらいとは思いますけど、基本的に頭がファミコンマリオブラザーズのように、2Dなんです。

縦横無尽なのは、言葉だけで申しわけありません。スマホの画面に言葉による奥域が出る日なんて想像つきません。

 

|д゚)<どうせ誰にでも描ける壁画だもん。

 

ファンタジーな考察

私が猫語を話せるようになったとして、猫会議に呼ばれて、猫社会のルールやマナーもろくに知らずに「にゃんだふるネットワーク(仮)」を使って、そのへんの不特定多数の猫にケンカをうっていたらと思うと、お猫様にどやされるのが非常によくわかります。

 

ฅ( •ω• ฅ)何故、ここに呼ばれたのかわかりますかにゃ?

 

(๑・㉨・๑) I understand very much it.

 

ʕ•ᴥ•ʔ I know it very well.

 

(๑・㉨・๑)そっちかぁ。カッコの中に英語がバラバラになってる、奴の問題のせいだ。

 

(´・∀・`)問1.チーズ先生は、台風の日に外に出て(!?)、飛んできた謎の物体が二度当たった。を正しく英語にしなさい。

 

(๑・㉨・๑)いつも理由は聞かない方針クマ!

ʕ•ᴥ•ʔ暗黙のルールだからですね。

 

みんなでやるなら、みんなが楽しくやりたいよね🐻

 

網と国際的な漁業…?

ネットの大海原は、実は流しそうめんなのかもしれないし、インターネットは国際的な広さで相互に繋げた網状の仕組みだそうです。

英語は嫌な思い出があるために、今はそっちが勝っており、泣きながらキレている自覚はありますが、少し考えるとアメリカの気苦労は大変なものですよね。

日本がアメリカのように、日本語を世界共通語にされていたら、私達の言語はもっと簡単にしろ!シンプルにするべき!などと教えられる側に立った言語レベルに下げられていたかもしれないのです。

 

難易度を上げているのは、日本語においては比喩や慣用句の領域です。私達は、平仮名とカタカナで話し、ずいぶんシンプルな言語なのねと成績をつけられ続けた人間に言われ、チーズならぬオニギリ先生が、日本語嫌いな人間が創り出した成績の化身として生まれ、ハチャメチャな日本語を披露して笑いに変えられていたのかもしれません。

それがお互いの国と国なら、それは本当のLanguageが生み出した笑顔であり、心と心に現れる光のカーテンなのでしょう。

 

そして、英語のジョークをTwitterなどで言えば、内容によっては大荒れとなって瞬く間に広まり、世界的な大炎上となるのに、私には逆に英語がわからないために訳してもらわなければ、問題点がちゃんと把握できません。

知ったところで、英語圏の人に何をどう言ってあげられるのかもわかりません。

 

こういう時に、いつか例にあげた「架け橋」とは、私はあなたのスマホアプリ、もしくはスマホそのものになりたいと英語で述べるようなものなのでしょう。わりと不気味です(;゙゚'ω゚')

 

たまにニュースの特集で見ることもありますが、日本大好きな外国の方には悪いところを自分の中にも見ながら、よく愛してくれるなぁと泣きたくなることもあります。

ネットでは、英語が堪能な方によるコミュニケーションのエピソードがあり、私の涙はそういう話の中に出てくる優しい人によって、守ってもらってたことの方を意識するべきであることを思い出すのに、また泣かなきゃいけない。゚(゚´Д`゚)゚。

 

実は、涙はこらえずに流さなければ、本当に自分の心にうけた傷を癒すことはできないと考えている理由のひとつに、自分自身に泣くという見えない償い方もあるのです。

 

英語とのふれあいは、日本語の熟語における漢字の説明をするのに、楽しいなと思っています。英語にしてみると、そんな言葉なんだと威力を増してしまうものも多いです。

熟語は、相反するものをくっつけた凄技から「忖度」のように同じ意味のものをくっつけた基本まで幅が広く、未来では世界中のLanguageから編み出された、ごく僅かな接客用語や季節の挨拶のような世界共通語が定型文として、何かの象徴になっているかもしれません(。•ᴗ•。)

 

日本語が戦争に負けても、アメリカが世界共通語となることで、言語の幅広さを失わずにすんだのなら、私はやっぱり泣きますね。

母国語が世界共通語は辛い。 

 

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ここでちょっと、気になる現象でも。

最近、スマホが歪んで見えるんです。上半分が決まって台風の軌道のようにくねってるんですノ)゚Д゚(ヽ

カーブするっていうか。ふしぎな感覚を味わっています。