White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

コミュニケーションと読解力の落とし穴

ฅ•ω•ฅ色即是空の心を大切にするブログ。

 

何気ない日本語の中に、どれほどの難易度が埋め込まれ、聞く人に左右されるのか。友人同士や家族、ローカルなら通じるはずの日本語。しかし、舞台がネットや職場となればそう簡単にはいかず、実は標準語でもその難しさは体感できるほどに広がりを見せています。

 

今回は、「なぜコミュニケーションに読解力がいらないのか?」ということを私が自身の人生から考察します。

 

読み解くとは?

読解力とは、国語や言語の勉強の時に要求されるもので、読み解くということですから対象は主に文章とされます。この能力の対象を広く大きくすると、それはコミュニケーション能力に派生していくので、大人になっていくにつれて必須とされているものです。あった方がいいものですよね。

長らくそうだったように思えるのですが、私にはインターネットやSNSで知らない人と文章でやりとりを発生させてしまうことに、そろそろ限界なのかなと思うことが日に日に増えていきます。口論や視点が違う、果ては考え方や使い道もだいぶ違う人と見えないすれ違いをしていることに気づき、とても怖いことであると考えています。

その理由をネットとの関わり方など、様々な観点から「個人的に」いろいろ考えを巡らせて、自身にあるものも混ぜながら、誰にでもあるストレスが原因なのではないかと思い、メモ程度に残してみようと思います。

 

この記事の元となる、前回の記事☟

hanakonekono.hatenablog.jp

 

 ✧ネットの使い道

  1. 知りたいことを知る。調べる手段のひとつ。
  2. 他人のものを見ることもできる。☜Point!
  3. コミュニケーションをとることが可能なものも多い。
  4. 発信することもできる。

 

あげたら人それぞれキリがないと思うので、大雑把にまとめたらこの中にストレスがあるということで、私は落ち着きました。人生は、ただ生きてるだけでもストレスが何らかの形でたまるのに、気晴らしに見るネットやSNSでもストレスは息をひそめているので、無意識に蝕まれている可能性が高いです。【虫歯菌みたい】

 

知りたいことに関しては、取捨選択が必要とされてきており、ある程度の判断能力が求められ、それもネットとの関わり方で大切なことです。次に、「他人のものを見る」ということですが、これは一番、ひとりでにストレスが蓄積されるのではないかと考えました。

たとえば、自分よりも生活レベルが明らかに高い人の文章やInstagramにおいて多かった投稿を見ることは、自分の置かれている環境や進んだ道によっては金銭的なものならば尚更悲しくなることもあるのではないでしょうか?見る側にあるのはわざわざ見てしまう心理、投稿する側はまるで時代が身分制度を思わせるような、貴族のような階級を知ってか知らずか…その日常を切り取って投稿するだけで自らも病んでしまう報告がネットではされることもありました。

 

ここに、Pointを置いているのは芸能人と一般人の敷居やハッキリとした差が感じられなくなる恐れInstagramやブログ、Twitterであるように感じることです。

若い子ほどスマホSNSと密接であり、ふと見たフォローしている芸能人の投稿に、「あれ、これ誰だっけ?」と一瞬戸惑うことがあるとされ、友達と一緒にタイムラインに流れてくることがその原因だそうです。

ここに私は現実の友人との繋がりを切ったことが違いを見せ、見たい人だけフォローして見ていることや基本的に芸能人や動物アカウントを見ていて、体感することがなかったことで盲点でした。

情報源がネット記事なので信ぴょう性の問題もありますし、貼らないですが読んだ感想としては、ナルホド!と思えた話でしたので流れを書きました。

「芸能人とSNS」がそのまま「私たちとSNS」に変化していき、「一般人とSNS」→「人類とスマホ文明」に発展していくのかなと思うと、うまく付き合っていくことの大切さとスマホ(恋人感覚)との別れを当てはめてみたりもするのです。

いつぞやの織田スマ長ならば、時は本能寺の変ということで、ユーザーは明智光秀!?で良かったの…?と思ってしまいます。歴史と名称の偶然による怖さ。

 織田スマ長に関する過去記事☟

hanakonekono.hatenablog.jp

 

3と4も、この2の問題を放置して語ることはできず、相手に求めるものは自分に求められているものとし、私は共有や嘲笑に重点を置くことが増え、他人のものを共有する時は記事やサイトの場合は必ず気にかけるようにしています。私のようにTwitterの共有ボタンがないパターンはほぼないですが、はてブは未対応なのか嫌なのか。他に共有表示がある場合は悩みますね。共有自体を拒否していないし、記事的にも…と思うものの断念することもあったり、資料としてはてブに半ば強引に保管したい病に負けたり。

そこに活用目的があり、私はポジという写真用語がピッタリだと思います。ネガと言われれば、世代が表れてしまうのですが伝わりやすい用語です。これは、スマホでも写真加工で再現することが可能です。陰影を反転させるようなもので、笑顔さえも怖く見えてくる映像技術の裏だと思います。

 

⚫ポジとは…

ポジティブの略で、陽画とも言う。 ネガ の対語。被写体の明暗がそのまま再現された写真のこと。普通、写真の仕上がりはポジになる。 

 

引用元

ポジとは - コトバンク

 

⚫ネガとは…

陰画ともいい,ポジの対。撮影済の乾板やフィルムを現像して得られる,被写体と明暗が逆になった画像。カラー写真においては被写体の補色が現れる。

 

引用元

ネガとは - コトバンク

ネガはネガティブです。精神的なものを表す使い方よりも、写真用語の方で使いたいのでシンキングにしてみたら、私にはわかりやすいほど判断基準なども反転させてしまい、真逆な人を見かけるのが主にネットということで。悪い魔って使い方を見ているのかもしれないし、診てくれてるのかもしれない怖さ。

単純に「ネガティブシンキングが悪い」とは、自身の経験から考えても気軽に言ってはならないと考えていますが、既にめんどくさい思考パターンにハマるタイプを「見る自由」とし、ブログなどを書いていく必要があるのかなと思っているから、ポジにあたる方々にはウンザリーナコリゴリーナで、失礼いたしております。

 

(๑・㉨・๑)根掘りーナッ葉掘りーナ!

ʕ•ᴥ•ʔ開けドアー!

(๑・㉨・๑)人ʕ•ᴥ•ʔ

いい感じー!!

 

ネガティブに近いものとして、ポジに変換させようとした自虐ネタをネット全体としてみると、テレビを見ているような感覚になる人には嘲笑していいものとなるところもあるのか、バラエティ番組の「あの笑い声」が不自然に感じられた方々は加工ともとれる、その違和感に気づきませんか。

あれ、何だろう?笑い袋みたいな…。

あの正体がいまハッキリと浮き彫りになっているような、え!?っていう「草の魔」を知りますよね。

 

https://2.bp.blogspot.com/-l9un8MG4_rM/VCOJlbyYfSI/AAAAAAAAmzc/vZjviDwL9nY/s400/ufo_mikakunin_hikou_buttai.png

UFOにさらわれた人のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

それはダメ砲

著作権に関しても知られるべき注意点はあり、特に違法であるものを拡散する行為を良しとしない空気は、ブログにも当たり前に設けられた柵で、シロウトの情報発信や資料集めは困難であることが浮き彫りです。それは、まるで存在しない「ブログを書く資格」として、人それぞれに知らず知らずのうちに求められているとわかります。そう考えるだけで、本当ならナリワイとしている人達しか書いてはいけなかったように思います。

それは書くジャンルによるものの、ブログの本来の意味やあり方は発信するということを考えると、「自由じゃない」ということは双方に高いハードルですよね。

 

そして、この件は主に写真家の方や絵師さんなら訴えていきたい大切なことです。もうあまり使わないけどまだアカウントはあるので、気に入っていたTwitterアイコンとヘッダーを変えました。特にマイティードックとヘッダー。私の中でお守りにあたるものでした。ありがとうございました。そして、お借りしていたことをお詫び申し上げます。

 

読解力がいらない理由

コミュニケーションの発生に、読解力を持ち出すのは「私にはそう聞こえる」ということを必ず伝えなければなりませんよね。相手はそうは言ってないことから揉めるのですから。そこに、国語のテストで問題文タイプがコミュニケーションタイプの問題をやったことがないので、解き方がわからないんですけど物語とか小説タイプでいくと問.って、誰がどこから用意するのか、朗読を聞いて…とかでもないので自問自答はいまや自問他答とした時に、答えは話し相手に委ねられているんですね。

 

例)「〜みたいだけど…」と挨拶文がある場合は、「みたい」の使い方がたとえではなく憶測や推理(!?)の域で、先程のネガと合わさった時に、私は特にコミュニケーションをとらないで生きてきたはずの人が描く輪で、学生時代なら人間関係に発展させない理由そのものです。

 

⚫ハッキリしない言い方のひとつ

「みたいだよ。」というように、文の終わりにくる場合には伝聞や不確かなものを表す使い方になり、全体的にモヤがかかったような言葉で、まるで人の心に巣食う魔が時折顔をちらつかせるようです。

 

読解力を独学で会話に用いた結果「その言葉」を言わなければ成り立たなくなった。やりとりをしていると、どこかで確実に言ってしまうんだと思います。私は、そこにドラマTRICKの要素で心に仕掛けがあるように思えてきて、コミュニケーションの中で無意識に心掛ける教訓が人それぞれにあるものと考えます。

 

⚫なぜ、コミュニケーションで読解力をあえて必要としないのか?

 

そんなことよりも、知識や言葉の使い方を常日頃関わることから知っていく、人間関係の基本は日本では学校で、学校が私のように牙をむくのなら家や外部で学ぶ必要があります。言葉の使い方に至っては最も難しくて、「関わる=友人関係になるかどうか」という、人生勉強のひとつです。

 

子供の時に、私は心の改革をひとりでやり続け、反省や改善と繰り返したくないという涙を流し続けたことが思い出されます。人間関係は特にうまくないままですが、話しかけられても下を向いてしまう子供だったことやよく泣いていたことを思えば、成長の証はこのブログと見ることのない私の日常(現実)にあったと私は結論を出しています。

 

この点は、子育て未経験ではあるものの、「もしも自分の子供が執拗なまでにいじめられていたら…」という反抗期と同じくらい産む前から悩むテーマがあります。

 

親として自分ができることって何なのか。

私は、親に何を望んだのか。

 

私は、話せる環境作りや外に出る楽しみがあるのは心に良いのかなと思います。実際に私にあったのは「ネットゲーム」だったこと、20歳頃の挫折・敗北だったというのは影響が大きかったのだと思いますが、子供を産む前からの子育てへの夢と現実は考えてみないと、まず自分が立ち向かえないなと思うことはあります。

ワンピースのイワンコフの名台詞言われそうなので、このへんで。

 

考慮はどこまで…?

読解力の話をコミュニケーションの問題にしないというのは、答えを言えば「意味がわからなくなるから」です。

強調線も今は減らすようにしています。

見やすさと情報整理の目的でカスタマイズしたのですが、解釈が別の角度というところからストレスは始まるようで、ふしぎなことにだんだん何かにとり憑かれていることが周囲によくわかる形で表れます。

自分で自分の言葉にヒートアップしていく作用があるのが、お怒り状態です。

 

「怒りんちゅう」という名前を個人的につけてみて、抑圧や日頃のアナキン・スカイウォーカー(スターウォーズのキャラ名)を思わせるストレスが原因で、潜伏期間は長いと思います。発症は、ストレス症とする花粉症と同じしくみでゲージやバケツがいっぱいになって、溢れたところとしましょう。私がそうです(´•ω•`)

 

私はたとえに出した花粉症ではないですが、花粉の季節、アレルギー源、対策などと考えていくと、ストレス症の症状は説明に使用したネガや怒り状態と重なり、人それぞれすぎるストレス発散の理由、やり方に表れます。

 

⚫花粉症で置き換えてみると…

たとえ話に選んだ理由は、最後の太字の文章です。

 

まとめる

ネットにもまた鏡があるのですが、しっかり御自分が映っているでしょうか?「うつる」という言葉は漢字変換がややこしいので、私は好きなのを使いたくなります(笑)

明らかに違うのは移るや伝染るなので、「写る」との差は調べて貼ります。

 

 

私は「自分にあたるもの」を書き写す感覚ではなく映像とほぼ同じものと解釈、スマホをスクリーンとし、さらにその目的からも合っていたので「映す」表記です。

 

ある日、ストレスをぶつけ続けていたら突きつけられたものは…。

その先を考えることがブログや文章に関しては読み解くということかなと思いますし、映画や漫画作品を見て感想を話すのに、適しているのは友人ですが、今はネットがあるということで、とりあえず人と共有するためにも話すことが無意識にできるレベルというのは大切です。

コミュニケーションは、ひとりでは決してレベルを上げることはできないでしょう。

自分の中の筋書きや反応を定型文と化してしまいかねないので、自分自身の理解に必要なのはまた読解力とは別のお話に派生していきます。

相手が自分の求めている反応と違ったら…それが日常です。コミュニケーション能力というのは、そこで自分の対応に胸を張れることかなと思います。

たとえば、話しかけたらノリが悪かったことで得られる情報があります。この流れを読解と思ってしまいがちです。本当は言葉を変えて「心情を察する」という読み解く心ではない、人柄に置き換えられていくものが心の虹になるように、コミュニケーション能力の正体です。

 

ʕ•ᴥ•ʔ♪虹 ゆず

(๑・㉨・๑)ブログに実は一番相性がいいのは、私はYouTubeでした。曲を聴きながらという楽しみをお届けできない権利問題が悲しみです。イメージにどうぞですクマ。

 

自分が一番なのは、誰かひとりがやるならみんながそれを良しとする。けれど、自分だけ一番なのは重圧や悩みは尽きないと、歴史が語っています。

みんながみんなを認められるのは、今はまだないもの。

 

心の傷は、誰しもある。

心の海は汚染されている。

膿(うみ)は、子供の頃によく見た。

派手に転んだから。

 

(´・∀・`)ハーイ、じゃ出欠とるよ〜(保健委員が)

 

(´・(エ)・`)元気な人ー?そうじゃない人ー?

ʕ•̫͡•ʕ*̫͡*ʕ•͓͡•ʔ-̫͡-ʕ•̫͡•ʔ*̫͡*ʔ-̫͡-ʔ

「はい、元気です。」

(๑・㉨・๑)ノ はい、ちょっと心膿んでます!

(´・∀・`)フタでもしとけクマー。

ʕ•ᴥ•ʔノ はい、熱があります。

(´・∀・`)へぇ。何℃?

ʕ•ᴥ•ʔ家出てくる時、はかったら36.9でした。

(´・∀・`)うん。熱は37℃から。平熱、それ。

 

ローカルな実話でした(笑)

「はい、骨折してます」とかムダに分かれている症状に番号が割り振られており、記入させられるのが保健委員でした。

 

心の保健委員って、大人になったらかすり傷の方が痛いことを知っている人が好みのタイプwで想像する楽しみが生まれる言葉だなと思って、猫で想像した。

オトモアイルーに、私はそんな趣味を押し付けていた…(´•ω•`)

 

https://3.bp.blogspot.com/-f2csyxp_K2o/VuKEBEj7NjI/AAAAAAAA4w4/jVcA_kX6sbcXu3O5R5muNVOlN1DdyW2kA/s400/pet_angel_cat.png

天使になった猫のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

【一部修正・追記あり