White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

Mononoke.The heart born in the forest.

ฅ•ω•ฅ色即是空をイメージしてから書くブログ。しょせんイメージ。

 

2018年10月26日、金曜ロードショーで何度目のもののけか。

私は公開当時小学生で、6年生くらいでした。私にとって、記憶に残る「初めてのリアルタイム☆ジブリ映画公開」でした。それまでも作品はあるのに、なぜ映画公開が記憶にないのか知らず、すべてテレビで見ただけだと思っています。

もう一度映画館で観たいジブリ作品に、個人的にはもののけ姫ラピュタなのですが、実際に1位をとったのは千と千尋の神隠しというところからも、媒体や投票した年齢層が丸わかりかなと思います。

私は、単なる観てみたい思いや思い出補正込ですから。

(それを悪く言っているように聞こえる!というネットあるあるのステレオタイプは既にトトロが見えない悲しみを知る、もののけたちだけ〜ということで。)

 

●ステレオとは…

音響工学ではステレオフォニック (stereophonic, 英語版ではstereophonic sound) の略語であり、左右2つのスピーカーで音声を再生する方式のことである。

 

引用元

ステレオ - Wikipedia

 

ここでは、あえてありがちな発信(心の声部門)の内部構造にあたるものよりも、心の声が右からいきなりやってくるのか?というモスキート音の解釈で書きました。私の解釈では、ハッキリ書いていないにも関わらず聞こえたとする否定的な声も自身の心から生み出されたものという答えを既にひとつ出しているので、「そう聞こえました!」っていうのは本家の「何か」が来てるのWhat?にあたる答えとなってしまいます。【ムーリィ改ざん】

 

そういった見解も広げているのですが、よく言われる"精神科行け"というのは意味があるようでないんですよと伝えたいです。その反応の方に「ステレオタイプ」がハマるのだと思います。

ニュースで犯人は「統合失調症」とされればレッテルとなって、そのことで苦しいと言っても、大学病院の医者は「私達はそう考えてない」という発言で、まるで野に放つモルモットのように患者を扱っていると、元モルモットは実体験から書けてしまいます。

私の頭の中の声は、紙のノートに記してありますが合戦場のように「ワーワー!」という多勢の声であり、鍔迫り合いの音まで聞こえるようでした。始まりはそこからでした。

当時、街医者は初診で「そんなことないと思うんだけどなー。」と返しました(笑)

 

(๑・㉨・๑)そんなことないんだって。

ʕ•ᴥ•ʔ…じゃあ、健康そのもの(正常)とされて帰されますね。

(๑・㉨・๑)それが何を意味するのか。

ʕ•ᴥ•ʔお分かりいただけただろうか。

 

私には、自分が言われてなくても軽口を叩くように「頭おかしいから精神科や脳外科へ」という返しは小粋な返し方ではないんだよと小気味よいものを感じてそう返すのならやめてほしいと考えます。【無粋-ブスい-】

私は誰かに言われたからではなく、悩んだ末に家族に連れていかれる形や自主的に言ったのは「呪われてる!」だったことから、お寺を求めた実例があります。

 

本当に精神科に行くってどういうことか。

そして、世間はどう捉えていくべきか。

「人をみる」というのは大前提ですが、そもそもなぜ一緒くたなのか?

精神科というくくりで、被害者と危害を加える側くらい違うのに、なぜ同じ扱いなのか。他人にガシガシ絡んでウィルスみたいになってるパターンもあるのに、払える人は心のマスクしてたり言葉の除菌グッズ持ってるのかな…?そこに、ふしぎな人生経験から作られたセーフティバーを感じるんです。

自分は気に入ったもの、またはエサになりそうな言葉を持っていき、その発言をした人は感情のゴミ箱にする思想があるとして、恐ろしい心理の逆襲であり、日本がいかに恵まれていたかということ、気づかれつつある後から進んでくる国(※あまり好きな言葉ではない)に変わることを示しているように思います。

恵まれないという言葉も上から目線で好きじゃなかったし、そういうことを言うなら、私たちを指して「恵まれた環境の私たち…」という訴えかける言葉からなぜ恵まれているのかを考えていくと、日本はしっかりタヌキに化かされた国なのかもしれない。

そう思うと、平成狸合戦ぽんぽこに泣いてしまった理由がわかります。

 

「これじゃ化かされたのは俺たちの方じゃないか!」

この言葉は、タヌキが人間達に仕返しをしようと躍起になったことで、それでも敗北を知る"時代の悲しみ"をタヌキに重ねて、大人になって見た時に泣いたシーンでした。

頑張ったのに、結果は望まぬ形にしかならなかった。それを知るのは本当は子供ですね。大人の事情に勝てない苦い涙は、精神や心を蝕むのか、それとも育むものもあるのか。

 

動物繋がりで、もうひとつ。

フランダースの犬に、人はなぜ泣くのか?

 

ジブリに限らず、私たちはあの作品に何を思って泣いてしまうのでしょうね。

私は、パトラッシュに主に泣いています。

けど、少年にも泣きますから、ふたりのラストと出てくる女の子の悲しみでもあるように思います。

 

(๑・㉨・๑)うちの猫がパトラッシュだと思ったら、泣いてまう。

ʕ•ᴥ•ʔ有名なブログ展がまずないですが、憧れた人の自画像が見れたら…パトラッシュは追いかけてきてくれるんでしょうね。

(๑・㉨・๑)あの歌の歌詞にある、忘れないよ…の怖さ。

ʕ•ᴥ•ʔお迎えに来るのはブログの妖精と天使になった猫で決まり!私の極楽浄土への乗り物はコレ!

 

もののけ姫について

英訳にハマっていた時に書いたものがあります。これは、メモアプリからの貼り付けであり、現在は変えたところがあります。☟

hanakonekono.hatenablog.jp

 

もののけ姫の魅力を語ろうと思ったものの、自信を持ってお送りする!私のもののけ姫はコレだ!ということができないのでやめました(´•ω•`)

もののけ姫にもジブリ風(かぜ)があって、ジブリの技術的な要素として既に語られたもののひとつです。

アシタカがサンに初めて出会ったシーン。

 

ʕ•ᴥ•ʔノ<我が名はアシタカ!そなたはこの森に棲むというもののけ姫か!

🐱(๑・㉨・๑)…ハウス!

 

ここなんですけど、神秘的な印象を持たせる吹き抜ける「風」がアシタカの名乗るシーンで使われています。

それを意図的にやっているのがジブリなのです

ふたりの出会いとアシタカは身を潜めていたのに、飛び出して名乗っている。見ている者は、アシタカが名乗ることに惹き付けられます。ここで、隠れたままサンを見続けて終わっていたら、アシタカが映えません。終始(お前、あそこで黙って見てたじゃん…)となってしまい、潔さや彼の一番の魅力である「押し通る!」が成り立たないほど、実はとても重要なアシタカ像構築の土台効果があったのです。名乗ったので、宮崎さん(監督)は風による演出をして音声さんも頑張ってるのが、見えないスタッフのお仕事ということで。

監督は、あの濁流の表現力も褒められたそうですよ。

 

(๑・㉨・๑)ここで、「今泉くん」とも出会ったー。※西村雅彦さん

ʕ•ᴥ•ʔコダマを見た時の悲鳴のバリエーションは、監督も大喜びのシーンですね。ここで彼の「今泉くん」というキャラ立ちが発生し、もののけ姫における、キャラの名前までニシムラになりそうな名シーンです。

 

ここでもうひとつ。

アラサーからの贈り物!

 

もののけ姫のCMや宣伝映像でも使われた出会いのシーン。

どんな話なんだろう?サンはどんなキャラ?

そんな掻き立てられるものが満載だった作品がもののけ姫でした。

切り取られたシーンで、それも口の周りに血をつけたヒロインをどう想像したと思いますか?

もののけ姫は化け物的な存在と、しっかり登場人物ならば戦ってしまう側に立って捉えていたのです。魅入ってしまったこともありますし、話の展開が全く読めなかった(年齢的にも)作品で、ラストに込められた宮崎さんの願いは復興に重なります。

ここにも、ジブリ風の中で強風にあたるものが起きています。

 

エボシは片方の腕を失い、モロも乙事主も命を賭して戦い、神々とされた存在は姿を消して「人間と神々の戦い」に終止符をうちました。

 

「始めからやり直しだ。」

エボシの最後の言葉は、復興を誓い自分が何をしたのか理解した上での上に立つ者としてのつとめですね。

アシタカは、「私に生きろと言ってくれた。」と話します。手のひらには、うっすらと傷あとが残り、殺めたことを忘れないようにと語りかけているようです。サンに「生きろ」というシーンがあり、全体的なテーマにも使われた言葉ですから、私がこのセリフを英訳すると「あなたは生きなければならない。なぜなら生きたがっているからだ。」というニュアンスになりました。

 

ʕ•ᴥ•ʔYou should live. Your heart is wishing so.

(๑・㉨・๑)!!

🐱<Is that a desk? Or is it Sam?*1

 

(´・∀・`)No. I'm not food.*2

 

もののけ姫の登場人物たちのセリフひとつひとつに、命は吹き込まれておりシシ神を殺そうとしたジコ坊ですら、単なる憎まれ役ではありません。止められなかった銃弾、森は死を迎えます。首を返そうとも、シシ神は朝日に消える形をとりました。シシ神は、強風そのものになってあの世界を吹き渡り、争いを吹き消すように運び去ったのかもしれないと思います。

 

どこかで新しく、小さなシシ神が生まれ落ち、そこに争いの火種を撒いていく神でもあるのなら、シシ神様は人間がお好きなんだとあの笑みに神の怖さを感じられます。

最後は、コダマが映り森と命の再生を願っている希望の象徴と解釈しています。

子供だった私が、コダマを気に入り、最後にもう一度姿を見せてくれたことは救いでした。

シシ神様をトトロに置き換えたら、ムスカは誰で、アシタカとサンの「普通じゃない」という生い立ちはこの戦いにどう参戦していくのかが魅力のひとつです。

トトロや魔女宅が好きで、もののけ姫は深くて難しい問題を表現した宮崎さんの課題そのもので、苦悩が表れているようです。

トトロはいなくなったけれど、ふしぎなどんぐりがあの森に落ちていた。

 

これだけで、掻き立てられる心がもののけ姫に泣く心であり、ジブリが育てる心の芽かなと思います。゚(゚´Д`゚)゚。

 

ジブリのあとは、新海さんや細田さん、米林さん?がしっかり継いでいると思います。弟子が増えて分裂しちゃっただけで、ひとつの作品を、担当を分けてなるべく長所を優先して作ってみたら、宮崎産と賞賛されるかなと思っています。それも過去に記しましたが、貼るより短いものならまた書きます(笑)

宮崎さんひとりよりも、スタッフや音楽などがあっての作品でもありますから、彼らに今後何らかの波紋があって、「やってみよう!」ってなったらジブリの歴史をなぞるようにやることで、新しい芽になるんだろうなと思います。それはカリオストロの城のような、トトロのような、何があるかわからないのが人からの評価であり、作品の本当の評価は、未来のように誰にも読めないとわかります。

 

何かをけなされたとして、「それはあなたにだけ、宛先を記すように書いてない」というのは当たり前ですよね(笑)

賛否両論はいいことですが、「わからない」という感想は感想なんだろうか?と思うこともあります。わかってることを書けば感想なのに、質問を感想とするのは私には魔女宅の「キキが飛べなくなった理由」と「ホウキが折れた理由」にあたるのかなと思います。

耳をすませばが好きでテレビで見ようとしたら、それを嫌いな家族が「私の中の魔女宅の謎」をある時、雑談から何気なく語ったのはおったまげ。

私がキキなら、「ホウキ折れた。マジやだ。もう飛ばない。」って投げ出す理由なのに、キキは作るところから頑張るから尊敬します。でも、環境を考えたら飛ばないってありえないからやっぱりホウキ作るかって思いますね(笑)

 

私のワードプレスがまさにそうで、デッキブラシでした。はてなブログも大して変わらないふしぎ。

 

まとめる

(๑・㉨・๑)φ

ʕ•ᴥ•ʔ巨匠にお手紙ですか?

(๑・㉨・๑)そうクマ!タイトルは私とジブリクマ!

 

(´・∀・`)カテゴリーがわかりにくい!SEOもわかってない。このブログが終わってる理由100選。

 

ネットを使う、発信するということが嘲笑やクレームのマトなんだと理解してきて、面白くなくなりました。スマホはネットを遮断したら、ゲーム機に早変わりするのも時間の問題で、次第に手のひらでやるゲームは楽しくなくなり、ゲームを楽しんでいた頃が懐かしく感じられる。

「殺伐」は、何に楽しみを見つけるのでしょうか。

 

そして、私たちはなぜ"それ"を楽しめるのか?

ここで言う"それ"はいまにあたります。

心を豊かにするのは、「人そのもの」なのかなと思います。

どんなに望んだものでも、子供心に望んだものなら「大人の事情」に、なす術もなくあっさり光を失うのでしょう。

 

成長していくのは、心も同じで本人たちにはわかりにくいものですが、周囲にはわかりやすいものです。心はどこで成長を止め、その時何があったのか。

本当の病みは、すべてを写真のネガのような色彩で見てしまう世界を生み、モスキート音を聞いて育った心は五穀豊穣さえも逆になる。妖怪ウォッチのざしきわら神を逆さまに捉えれば、とても恐ろしい神様であることがわかります。

 

天気のいい日に見た、今年の紅葉の写真を置きます。

お気に入りは、ネット、Instagram含め今後アップすることをやめようと思うきっかけに、本当にどう使われるかわからないということ、撮った者として文句が言いにくいものであることを考え、たくさん考えてみたネットの世界はまさかの「空」で、英訳したらskyなんだとわかりました。


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「空の思想」は、いいなぁと思うんですけど。読みはクウだったと思います。

移り変わっていく世界には、特に言葉や絵による表現がひとりの人間であっても川の流れのようであることが生きていくことだと諭されるようでふ(´•ω•`)

 

森に生まれた命は、心を知っている。

人は、それをもののけと呼んだ。

ある人は、読んだ。

そしてまたある人は、詠んだ。

 

ʕ•ᴥ•ʔあなたはだぁれ?

(๑・㉨・๑)それがしは、アシタカ!

ʕ•ᴥ•ʔ明日はどっちだ…!?

 

(´・∀・`)先生、明日からイビルって名乗りまーす。

 

(๑・㉨・๑)ʕ•ᴥ•ʔ右から明日のジョー…。

 

米良さんの美声にも、注目です。

そして、それを消費させ続けた当時のメディアにも歌詞がダイレクトに響くものです。あの歌声は、女性かと思われたほど謎に包まれて、あの世界を彩る神秘そのものでした。

多方面に感謝をして、ジブリの至高として私には君臨し続ける作品です。

 

※後日、脚注に挑戦してみました。

 

*1:アイツは?食べていい?の訳ではありません。

*2:チーズ先生のネタです。