White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

誰にでもある心理作用とその違和感

ฅ•ω•ฅ色即是空ってなんだろうと思い続けるブログ。

 

最近、はてなブログに流れ着いてから半年が経ったとお知らせメールが来ました。それまで、だいぶ自分の書き方といまのブログとしての形式が違って、戸惑いながら「自分の中のブログ」というイメージを模索し続けています。カスタマイズを始めて、半年ほどで「レスポンシブ対応」に到着しました。

意味や見え方に自分が何かを見つけなければ、その方がいい!と選択肢に浮かばないものです。調べれば出てくることではあるものの、「自分がまずどう思うか」というのも大切な指針としてきました。

 

この記事では、「マイライフ・マイワード」について。

※ちょっと強引に詰め込んだテーマ(笑)

 

一般的な線引き

世間の人は、自分が検索から入って見ているブログがどこのものかドメインや看板まで気にしないと思うのです。

ブログを知っている人は、見方やこれはどこのだろうと考えたりもするでしょう。そこにも「違い」は生まれてきますし、まともにやったことがなければ「そんなに何か違うの?」という疑問を持つものです。有料プランや無料プランの判断もブログを見ただけではパッと見わかりにくいと思います。そのへんは、知識や経験がものを言う世界です。

そして、大きな看板がどこのものであるかは見る側にはそんなに問題ではなく、ブランド効果はどこもあまりないように思いますし、注意すべきは主に規約であるとされています。

悪いイメージが看板自体につくのは書く側としても読む側としても、嫌ですね。

 

ブログの世界には、深い森があり、知る度に怖くなっていく世界でもあると思っています…。((((;´・ω・`)))

 

さて、それではブログのふしぎな流れを書いていきます。(※歴史を振り返るものではない)

個性を求めて誰もが一番最初に着く島が「カスタマイズアイランド」だとしたら、その後漕ぎ出して行く海原は、どんな世界なのでしょうか。

世界観が大草原なら、街や村ですね。

この後には、様々な困難やアクセスの泉を求める旅が待っています…。書くにあたって、何らかの方向性は定めておくべきで、それは北極星とも言えるものです。私は、本当は「記憶の木」を育てていきたかったのですが、今の環境では私の望まぬ方向への路線開拓になりそう(!)であることが、やらなかった最大の理由です。ブログを書き始めた時から、書いたものが全部消えてしまうことも視野に入れ、また相反するとしても電子の世界にそれが永遠に残ることも望まなかったので、本当に書きたいことは書けてないブログです。日々の様々な考え事や伝わりにくい自分の心の状態などをまとめるのにとても合っていて、いいものです。

 

その世界で、ずっとひとり旅を続けて少しずつ人々を知り、眺めることはあってもひとつのブログを冒険の書とする生き様は、どうでしょうか?

 

風潮から考えてみることは多く、発信するなら謝罪要求されることは当たり前、アクセスもない(または万単位のPVがある)ことが当たり前、良質な記事を書くことも当たり前。

ブログに求められているものに薄々気づいていましたが、確かなデータに基づいた情報、功績を記した著名なブログ、いつの間にかビルや何かの会社そのものを重ねられるようになったのかなと思います。

しかし、そこでもチグハグな状態が生まれていて、ブログの運営報告まではいらないのではと問いかける声もあり、ブログに対する見方は「私の感覚」を大切にしようと思います。それは、人それぞれに既にお持ちなのだと身震いする時もあります…。

 

私は、ブログの方針やポリシーに関して、偶然知った「良質な」というワードに、思わずFFやモンハンの世界の素材かと思ってしまいました。それが「マイライフ・マイワード」な理由のひとつなんだとよくわかる件でした。

 

(๑・㉨・๑)上質なねじれたブログの角

ʕ•ᴥ•ʔクマゴロウの逆鱗

 

(´・∀・`)怪鳥の尾羽

 

一致しないもの

私は無料ですから、何らかの範囲があり、それは「許される範囲(許容という意味で)」ともとれるのかなと思います。

例えば、書いていい範囲や語ってもいい範囲です。無料プランなのに、有料の領域についてコツなどを詳しく書いていくには、不信感が生まれるということです。ここで、ありがちな「誰にでもちょっと調べれば書けるw」とはならないのがブログだと考えている人がブログを好きでやっていると思っているので、完全にアウトなのは「無料プランが語った有料のコツ」がデタラメだったとかですよね。

そこに、発信することの意味や信頼という責任はあり、時に重たくのしかかってくる分銅なんですね。

例にあげたものは、いろいろダメな複合パターンではありますが、そもそもデタラメがダメ!から入り、そのあとの迷路と化した部分の「石兵八陣」は無双では楽しいものが見れたので、簡単に書きます。

 

クマゴロウと孔明の罠

とある無双シリーズで、登場したステージのギミックともとれる策のひとつ。諸葛亮は、迷路を抜けた先、漢字の真ん中部分で待っています。プレイヤーは迷いながら進んで行くのですが…。

 

(๑・㉨・๑)わかんないクマー!

ʕ•̫͡•ʕ*̫͡*ʕ•͓͡•ʔ-̫͡-ʕ•̫͡•ʔ*̫͡*ʔ-̫͡-ʔザッザッザ。

ʕ•ᴥ•ʔ先輩、見てください。部下が多すぎて列をなし、道をあぶり出しています。

(๑・㉨・๑)!?ついて行けばいいクマ!

 

こうして、その後改善されたと思われる仕様、その他大勢の操作できないキャラクター達が策にハマる武将を追い越して道を教えてくれていた話。無事、「(๑・㉨・๑)<着いたぞ!諸葛亮!」したものの、部下達は迷路を抜けたところで、停止線はないのにそこでピタリと止まり、プレイヤーに道を譲るように「どうぞどうぞ!」と立っているのでした。

※詳細は今となっては不明ですが、なんだかふしぎな現象をゲームでも見ていました。

 

●わかりやすい!Myワード「石兵八陣」とは…

石兵八陣を突破し、肝心の劉備を倒しに行く頃には、戦場には自分と蜀呉の総大将しかいない、ということがほぼデフォである。

 

引用元

夷陵の戦いとは (イリョウノタタカイとは) ニコニコ大百科 スマートフォン版!

☝︎引用させていただいた説明は、無双5においてということですが、リンク先に詳細があり、私が言いたいのはそういうことだったので中にいる人物の名は違いますが、本来の策の中身などは知る人ぞ知る豆知識ということで省きました。突破することが大変ということを提供したかったので、ゲームでもその感覚を知っていると、物事を置き換える時に「なんかアレみたいだなー」という発想のコネクトができる人になり、それがわかる人には時に盛り上がる話にもなっていくものです。

 

では、こういった話の展開や発展に、「転じて」が用いられることについてを考え、そこにブログの幅員減少なども併せて、今の形よりも全体的に良くなることはもう望めないんだろうな…とガッカリ感を味わえるお話へ、笹舟(話の行く末)は流れていきます。

 

見境がなくなるとしたら、その原因は柵やマナーを知る人からすると何なのか。

 

祭りでミステリー

渋谷のハロウィンにも見られる異常行動やそれに関する報道を見ていると、あの場所にハロウィンということだけで集まると、なんか出てるんだろうなと思います。時間が来る度シュパッと消臭するように、その効果は逆のものが、脳内分泌成分で人を煽る時に出ている心理作用をもたらすものから、若者が多く集まると「奇祭」とされるものの根源に似たものがあるのかもしれないと思えました。

こういったものには、特有の謎の発声があることがほとんどだと思いますし、もし静かに軽トラを倒し、取り囲む人もいなくて倒した後も静かに去っていくだけだったら、軽トラの運転手や周りは異様な空気に気づいて逃げることができたのでしょうか?嵐の前の静けさが成り立たず、終始静かなのに騒動へ…。逃げられる人とそうでない人の差は、身の危険や咄嗟の判断がものを言うのでしょうね。

それは、歴史ミステリーとされて謎のままであることが多いですね。

私には、突風や風が吹き始める場所というのは草木の報せがあるように思うこともあります。心がざわつく様子は、大きな木々が揺れるような音にあるのだと思いますから。言葉では「ざわめく」とかがそうです。

 

私は、いろんなもので頭や感覚をおかしくすることができると考えています

感覚には、平衡感覚や物事の常識などがあり、忍者はそれさえも鈍らせることが物理学などの学問を通じて忍術とし、最終的に錯覚から可能だったとされる、歴史ロマンがあります。日常に、忍者の術は心理作用や学問として残されています。時代が違うため、今では専門家やアスリートと姿かたちを変えたのでしょう。

 

今は、怖いもの知らずで怖いもの見たさという、複合型もしくは慣用句やことわざさえも熟語的考え方で生きていくハイブリッドな価値観が主流ですから、そのことで私は呪文を唱えていた時期もありますが、"やさしく法にふれていいですか"時代は暴言にあたるため、ブログでは明かせないのが残念です。

しかし、私の配慮はレベルアップ(´•ω•`)

たとえとして、具体的に書いてしまえば途端にブログの記事タイトルが「私はこれで心がおかしくなった!あわせて読みたいほん怖3選」に変わり果ててしまいます。

心霊スポットは現実のものだけではなくなり、ネットにもどういうわけか生まれていくのでしょうね…。その場合は、少し意味合いが変化させられるのかなと思います。

 

(๑・㉨・๑)ヤダ怖い。

ʕ•ᴥ•ʔ先輩が飼ってる猫ってよく何もないところ見つめてますよね。アレ、何ですかね。

(๑・㉨・๑)イャァアア!!…あぁ、なんか虫を見つけるのは得意で家の中がいろいろ大変なことになるクマ。

ʕ•ᴥ•ʔニャーダ様の戯れですね。

 

心への影響とは…

私は、20歳頃までに奇妙な体験をいくつかしたことがあります。

私のことをよく知らない人が、お互いに嫌っている人(私と仲の悪い人)の言うことだけを信じて勝手なことを言う人が増え、中にはいきなり怒鳴ってきたり、一方的に悪者にされたことがありました。このとき使用されたのは、元友人ポジションによる「話術」にあたるもので、私はもしもボックスに似ていると思っています。スポーツに置き換えてみても、「ポジション」によって役割があるでしょうから、それを悪用した場合というありえないお話です。

本人に言わないけれど周りにはうまいこと言って静かに人間関係を燃やしてくるタイプと、本人に言いながら周りにもわかる形で嫌う人間が揉めた場合、静かに忍び寄る影を放つ方が勝つとわかりました。

このへんをブログを持つにあたり、考えることがありました。

それが、他人の書いたものを読むことによる怖さとして私が書いておきたい内容です。

 

自分が読んでいるものがすべてにおいて正しくはないし、キーワード捻出のような「単語」の持つ力に頼った理解力の応用は、可能なのは「文章の理解」であり、書いた人そのものを理解するには至らないと思います。

それが「錯覚」であり、過去記事で書いてきました。

文章を理解した→当事者(関係者)と同じレベルで理解したと思い込んでしまうんでしょうね。事によってはそれは重大で、敵と味方の区別も理解した!状態の忍者が、ある日あなたの前に現れます。知らない間に、「あなた」は知らない人の敵にされているのが今のインターネットとSNSに見られる落とし穴です。

これは、もっともっとシンプルに言ったら学生時代にありがちなんですよね。揉め事に片方の話だけで特攻かけて、花いちもんめしちゃうやり方。大喧嘩の火種になるやつ。それまで関係ない人が、日頃のケンカに入ってきた瞬間の燃え方ハンパないですよね。

「声なき声」としたこともあったのですが、人間関係は地の利ともされるくらい合戦に発展したら重要です。知らない人間関係に飛び込んでいくことは、ネットを利用すれば可能ですが、私は自身の人生からも「それ」だけではどうにもならないことを、特に言葉に感じています。

相応の強さもなければ簡単に痛い思いをすることになり、強さがあれば頼りにされ、まるで召喚獣のように代わりに戦わされることにもなるでしょう。力があっても正しい使い道は、誰にもわからない。

ワンピースのキャラクターの描き方は、そういうところからも考えさせられます。

いつでも守ればいいわけではないし、誰かに守られることで失うのは自分の大切な人の心ではないかと考え、私は「自分で戦う」ってどういうことなのか言葉であっても忘れてはいけないことだと身に染みました。

口喧嘩なんて、家族でやってもめんどくさいのに、友達や同級生とだってすることがある(笑)

 

自分のケンカのおさめ方は、他人よりも自分にあるんですね。刀は抜いたら鞘におさめる。剥き出しなのは、FF11だけでいいかなと思います。(追記 2018年11月10日)

相手がおさめてるのに、まだやりにいくのって居合に変えてたら…そういうことも昔はあったのかなーと剣術には憧れがあります。剣道は性にあわなかったのですが、武道は「強さ」と一番戦うものなのかなと思います。

 

ひとつのポイント
  • 他人のために、どこまでできるのか?
  • その人を自分はどうしたいのか。

 

とても大切なことで、人間はひとつの人生でそんなにたくさん守れないようで、奪うことの方が容易いのは命の宿るコトワリですね。

 発信する側にまわったら負け、ケチつける側にまわった方が得策。ブログ書いてなくて、Twitterもやってなくて、すべて先にわかってたからやらないとしている人は、書いてみたら、やってみたら、新たに難しさや「魔」を知ると思います。

 

誰しも持ってる心の魔は、深淵にいる。

言葉にも、宿る魂はあると思います。

 

まとめる

マイライフ・マイワードは造語に近いものですけど、人それぞれの人生から言葉の意味や用途、使用頻度があって、そんなもん「ことば典・こと典」*1といわれるものが既に名前入りで存在しなければ伝わるわけがないんだと、日々思い知らされます。それを話すことからならコミュニケーションですが、いきなり殴ってくる感じのナゾニケーションがあり、イラストもわかりやすく描いてくれる方がいたり、感じてることは同じだろうと思えます。

そんなこと考えてたら、自分の使う言葉の意味がわからなくなりそうで会話潰しですよね(笑)

話してて、「丸々って何ですか?」って聞いてばっかりって「…いくつ?」*2って返されそう。

 

ʕ•ᴥ•ʔクマゴロウの言葉が丸わかり!よく使われる例文集X出てましたよ。

(๑・㉨・๑)…チーズのLanguage全集くれよん。

ʕ•ᴥ•ʔチーズ先生著でした。

(๑・㉨・๑)ちょwww

 

 

*1:辞典と事典の違いから

*2:年齢を聞かれる返し技。