White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

໒꒱タンポポの綿毛になったつもりで

ฅ•ω•ฅ色即是空で描いた軌跡、はてなブログwhite Rainbow。

 

【諸説あり(笑)】

(๑・㉨・๑)最近、本買ったんすよ。

ʕ•ᴥ•ʔ…から始まるYeah!クマタンゲームいぇーい。

(๑・㉨・๑)今じゃ、Yeah!は\ウェーイ?/

ʕ•ᴥ•ʔ♪うぇーい!めっちゃホリデー(ハロ☆ィン)!?ところでそれ何の本ですか?(ペラッ)えっ!!絶滅しました…。

 

現物を入手しました。こちらです☟

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当たり前ですが、めっちゃハロ☆ィンに対するものではないです。今は、発想が大変豊かなので「もしかしてだけど〜」で始まる国語的な解釈が有効ですから。言葉に対して特にナイーブ&センチメンタルなのかもしれないと、私自身にも向ける生優しい眼差しの修行中です。

写真は、わかりやすい表紙でもない上にマイブームで白黒に加工してあります。Twitterさんでこの作者さんか絵師さんのアカウントを偶然にも発見し、以前から「絶滅」に知識を得たかった私は、近場の本屋さんにたまたま出向いた時に、宣伝されていたので欲に任せて買いました。

いいなと思えるのはほとんどが興味を持つことからですが、中には誰かに合わせるように「半ば強制された感覚」で何かを購入することも、学生時代にはあるあるですよね。

これを買わないと話についていけない…。本や漫画なら読まないと…。まれに見るケースとして、映画は一緒に観に行けなかった段階で終了形…。

行けなかった理由を考えよう!というところから、友人関係のヒビの入り方が学べるようで、考えてるだけで懐かしいです(´•ω•`)。oO(私は旅行や遊ぶという単純なことでさえレギュラーからはずされマスター。)

 

さて、今回は「別世界を見れる小窓」をテーマに書きます。

※書評は苦手としていますので、考えがまとまった時に『わけあって絶滅しました。』の書評ではない、ただの感想を書きたい。

 

濃いも薄いも…

♪数ある中に〜

もみじの歌の一部です。

学生時代にこれを歌い、ハモリの、音符連打のような「音程のネガ感」にビックリしました。

 

中学時代、大地讃頌にはアルトの良さを見つけました。

こちらはさらに複雑な言葉と音の重なりで成り立つ歌です。荘厳で雄大な自然の声に、私は大地讃頌を思い出すことがあります。

"人の子その立つ土に感謝せよ"をアルトだったことで、神々の怒りのように感じておりました。ちょうど、このあとに間奏が入り、オーケストラだったらすごいんだろうなと妄想の域に行ってしまいます。

 

私が学校で歌った大地讃頌は、混声で4つのパートが用意されていました。私は、初めて聞いた時にこれは難しい歌だと感じ、普段意識する聞き方のひとつ、サビの覚えやすさや歌詞、歌の全体的な流れなど、全くわからず覚えることができませんでした。

学生時代、楽器を習っていなかったというのは、こういうところにすごくよく出ました。ピアノは、今でもあの曲を弾けたらと憧れる曲があります。

 

大地讃頌を例に出して語るのは、この歌の素晴らしいところを表しておきたいからです。

私がこの歌を好きで尊敬している理由にもなりますが、映画館で感動を覚えたアシタカせっ記を思わせること、歌うパートごとに言葉を重ねていく入り方に注目して、すべてが重なり、最後に響いていくものが泣きそうなほど心に残っていることが大きいです。

 

何かの事柄に重ねて大地讃頌は最低でも4人は歌うパートにおいて必要であること、それぞれに歌う部分でもある覚えるべき歌詞が違うこと、実際に歌に厚みを出すのに4人じゃ足らないことは、事の真相を知るために必要とされるべきことでもあると思います。

 

讃えよ大地を…

ʕ•̫͡•ʕ*̫͡*ʕ•͓͡•ʔ-̫͡-ʕ•̫͡•ʔ*̫͡*ʔ-̫͡-ʔ

「「「あぁーー!」」」

 

これは歌詞もメロディも凄く、魔法詠唱みたいです。

 

ʕ•ᴥ•ʔノ ☆.。.:*・°☆.。\\\ ٩(๑・㉨・๑)و ///

歌い終わることで、何かを召喚できそうな力があるように感じてしまいます。

 

詠唱破棄とは、いきなり大サビのフレーズを全力で歌うようなものでしょう。これは、私が10年ファンライフを送ったコ☆クロの黒田さんの歌い方に似ていて、あの人は「いきなりサビで入ってくる自分の歌声」をイメージし、気持ちの助走を独自に考えているというようなことをライブで話したことがありました。

かと思えば、ファンに心配されつつも高く評価されるほどの(ほぼ)ひとりで歌いあげている曲もあり、そのメインボーカル度は、ライブでこの歌をこの順でとなると「無理だろうね(心配)」と、歌ってほしいリストでは悩む要素となっていたようです。うろ覚えではありますが、御本人は「巨人の打線」全員四番バッターくらいすごいという表現で歌への難しさを表されたことがありました。

※若干違ったらごめんなさいネ(´•ω•`)

私は、コ☆クロのメドレーをカラオケでひとりで歌った時に、黒田さんの言いたいことや長年の薄い疑問がよくわかる件だったなと思いました。ほとんどがサビでスキーのジャンプをイメージする歌だからです。コ☆クロの歌は、歌うとなると熱唱系で、冬季オリンピックの競技みたいという結論を出せました。

思い出話兼たとえ話でした。

 

知らない部分

例に出した大地讃頌のソプラノは、写真用語のポジにあたるとしたら、その歌を理解するのに主旋律となるほど、聞いた時のイメージを左右するパートとなるでしょう。どんな歌でもポジというものの見方をしたら、一般的な知名度はそこだと思います。

手拍子にも「裏」という言葉が使われることから、「音程のネガ」もあるとするのは、その手法が近いのだと私は思います。頭に浮かびやすいハモリやユニゾンには基本となる考え方があり、ハモることを「和音」としているので音にも不協和音などと共に、色の明暗を反転させたものがあるのでしょう。

 

音楽にも時代が反映され、音楽家には様々な困難があったとされています。

 

今ではよく知られた偉人さん達の歩いた道は作品として表れていたり、その生涯を語られる時に、今と全く同じ評価を当時は受けていないことがあります。死後というのは、人としての評価やその生涯の査定をされるようで、「生きてる内か死後か」と時には語られることもあるそうです。

他からの評価について、それぞれの生き方に重なっていくものもあると思います。

 

織田信長は「うつけ」と呼ばれたことがある歴史を学校で学びましたが、私たちは彼をそうは思わないですし、武将としての彼を高く評価しているように思います。

 

そこに♪365歩のマーチは響きますね。

人生がしんどかった時、歌詞の一部にある「花」が私の支えになった歌です。

 

何かを成し遂げるには、ガリレオ・ガリレイのように権力と戦うことも、時にはあるのだと思います。けれど、もし天変地異や天地無用のように考えることもできそうな「パラダイム・シフト」を、神輿に乗せられてワッショイされたら…。このへんを担ぐor担がれるとも言われたりするのは、人の道を変えてしまえる力を秘めているからなのかなと、別世界を眺めていると思います。

 

担ぐとは…

1 物を持ち上げて肩にのせ支える。になう。「荷物を―・ぐ」「鉄砲を―・ぐ」
2 自分たちの組織や集団の代表者の地位に据えて押し立てる。祭り上げる。「最年長者を会長に―・ぐ」
3 からかって人をだます。一杯食わせる。「友人にうまく―・がれた」
4 縁起を気にする。迷信にとらわれる。「―・ぐ性分」「験 (げん) を―・ぐ」

 

引用元

担ぐ(かつぐ)の意味 - goo国語辞書

 

片棒を担ぐなど表現が記載されているので、引用元としてリンクを貼ります。私は、意味の中で4の考え方なら無害かなと考えるのですが、昨今は2や3のやり方ではやし立てる様子を学生時代に重ねて、時々見かけることがあります。

それは、風潮の名が表すように「風」を受けて、有名なお話北風と太陽や名曲風の通り道とされそうなものから、次第に行き過ぎて台風になるのをとんでもねぇなと思いながら、手のひらほどの「別世界の小窓」を眺めています。

 

いつからか、意識してやることもある「比喩」ですが、なんとなくカギカッコに入れてみたりしています。比喩は伝わりにくいから避けた方がいいとされることもあり、ブログなどをやっていくうちに感じ取る程度だったものが、まさかのお約束事だったというのは悲しみです。

でも、新聞やニュースで比喩ってあまり使われないことを考えれば、表現においてわりと当たり前なんですね。文学的ということでしょう。

そこでも、ネットはふしぎだなと思います。

 

【私がわかることや知っていることは既にみんなが知っている、わかっていること。】

 

さすがに、ゲームを筆頭に私が使う専門用語すべてを知っている人は限られてしまうため、厳選して引用やリンクを貼ることを覚えたものの、この考え方を大切にしてブログを続けているので、書いてあることに関して「よくわからない」と「周知の事実」のあいだは、ブログタイトルでもある霧虹がかかるということになります。

 

そこに、想像する幻のクマさんずはあるのかもしれません(笑)

 

まとめる

いろいろ書いてきたのですが、ざっくりと「ブログ」について何人かで話しても、見方は多種多様で、歌でいう主旋律を理解することは難しいものだと思います。そこにポジティブな意味や解釈が並び、続いてネガティブな面も加えられていく流れが、ブログを書くことも読むことも好きな人には、ふつうなんだと思っています。何事も一長一短ですよね。

 

2ちゃんなどのスレッドと、実際に会って話すこと(学生時代や職場での会話)は違って、いきなりネガティブをぶつけることや明暗を反転させた意見ばかりを投げかけるのは、聞く人を選ぶものです。【前提の認知度】

 

本来の用語は、個々のリズム感や音感の問題でもあるのかなと思いますが、日本人は苦手とされる手拍子の裏打ちを、無意識に他人のブログなどの解釈に「応用する」ことは、自身にも危険行為となるものです。

それは、ものの見方に多大な影響を与える心そのものが見せる行為であり、自身だけでなく他者の心も自らの手でいつの間にか傷だらけにしてしまいます。

全体像や人物像のように、陽画がすぐには見えてこないもので、最初から明暗を反転させて写真のネガのようにして見るということは、楽しげな笑顔さえもほん怖になってしまいます。それについて非常にデリケートな問題も潜んでいて、記事を別にして書こうと思いますが、目で見て入ってくる効果としてあれは大事な心理作用がありますね

 

心は見えないというのは、「見えない心」となってレントゲンのような文章の読解や、診るということの意味を考えさせられます。

 

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レントゲン写真を見せるお医者さんのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

私のフェイクは「比喩」にあると思い、最近は創作物としてのブログを描いているところもあって、あえてそうしています。

その方が「自分に合う」からです。

読む立場にある方にも、ブログでハッキリとした答えを設けないことは、逆に心や判断材料に良いのだとして、何らかの作品にすることで受け入れやすくなる「他の心への影響」は、私がずっと気にしてきたことです。

いろんな事情から"全部書けない"というのは"みなまで申すな"という、最後まで、または事柄を全部言うなという「人間の秘め事」における合言葉でもあるのですね。

 

そして、大切なことがあります。

 

ブログや体験記などは、ちょっと書きなれた方や創作好き、私のように心に「見えない包帯」を巻いているような人間の書く文は、フェイクに混ぜてしまえる「表現」があります。創作においてまず意識されるのは、双方に世界観の共有ですね。

たとえば、専門用語。それは何を表すのか。基本的にゲームがそうですけども。

ルールや意味を含めて、それは「世界観」が許すもので、そこにいない者や知らない者には伝わりにくいものであり、全く通じない概念となっていきますね。そこで、説明するのに自分の解釈を混ぜてしまえるというのは、聞く側には複雑な心境ですよね。ゲームならそのものの評判や認知に繋がってしまいますし、私の身に起きた事を重ねれば、「鵜呑み」の危険を生みます。

 

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行方不明の猫のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

説明をする側にも聞く側にも課せられるのは「同じ重さの分銅」であり、会話ではそれを信頼関係にあると呼んだりします。

 

文章というのはふしぎで、魔法陣のようでもあるんですね。

お話や記事全体、ブログそのものが何を表していたのか

それを感想や解釈として、それぞれ人生に色を足していく。

私は、このブログを持った日に書いた記事で願いをブログの名前に込めてつけたと記しました。のちに、ブログを書くと結局、素の自分を切り離せないとして、初心を忘れず、それからは心にひっそり掲げることにしました。

 

1年書き綴ることで見られる、自身への心の変化や環境は空のように移り変わっていくものだから、また1年を無事に終えられることへの感謝と安堵、新しい年への抱負にブログは変わらず、私にとってとても良いものです。

 

マステ風ポイント

情報や話を「盛る」というのは、プリクラや自撮りに限らず、ブログでは書く側に文章の自撮り効果があり、当ブログではクマゴロウが担当する領域としています。

 

(๑・㉨・๑)クマァ…。真面目に書く時は実はあんまり登場しないんだクマー。

ʕ•ᴥ•ʔクマふふふ。

 

パシャッ! Σp[【◎】]ω・´) (´・∀・`)はい、チーズ☆

 

(๑・㉨・๑)ヤツは自分で言うタイプ。

ʕ•ᴥ•ʔそこだけセルフィーですね。

 

今後のブログ開拓。

ブログを引っ越す前にライブドアブログで書いていたものは、かなり書き方や内容が違うので、わかりやすく整理することも考えよう(´•ω•`)

日付は明白なだけに、ポチポチ記事をカテゴリーにぶっ込んでいく作業かと思うと、運動会の定番曲でも聞きながらやろうと思います。