White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

ブログの内部お掃除、今年のうちに!

 

ฅ•ω•ฅ色即是空を日々探し求めて、インサイドヘッドを表し続けるブログ。

 

今回は「カテゴリーを整頓する!」です。

まるで汚部屋の掃除のようなやり方を頭に浮かべて、今後のブログの舵取りに大きな役割を担う理由と共にまとめます。

 

 

カテゴリーの役目

ブログを始めた頃、カテゴリーはデフォルトで「日記」が用意されている場所でやっていたこともあり、消せない仕様でもあったため私の中で「日記(デフォルト)」カテゴリーの役割は大きなものでした。とりあえず、そこに分類されるものを書いていくやり方になってしまいました。

その経験から、日々の出来事や今と変わらぬ考え事は「日記」でいいと判断していました。私の誤操作で消え去ったFC2時代のブログは、懐かしさや緊張感あるものだったことを中心とした思い出としています。

 

カテゴリーとは・・・

日常にあふれる言葉のひとつで、「分類されているもの」です。ブログの1記事を1枚の書類としたら、ファイルを用意する感覚です。これは、読み手のことを考える項目の総合的なSTEP1にあたります。(私の中で)

そして、自身にも役に立つひとつの目安でなければならないので、カテゴリー名はわかりやすいもの、書類の「大まかなタイトルになるもの」をつけて、使っていくうちに自然と増えていくことでブログの指針となる理由や、大切なものであることが書き手にはわかってきます。あとで名前だけ変更することもできますが、「カテゴリーの一覧」やそれを書いている人というネット(ローカルな場)でオフィシャルな肩書きが消える可能性も秘めています。ここは、読み手の立場で「カテゴリーの認識」とされている部分です。

読み手のことを考えるというのは、何かを専門的な見解や知識、経験から説明するやり方にはとても重要な役割を担い、肩書きのひとつとされるほど重たい看板だとわかります。

 

ブログの危険性

私は、エゴサによる検索wで自分のブログの「日記カテゴリー 一覧」が出る理由がネガティブなものしか浮かばず、今も記事が散らばる理由となっています。まとめて見る仕様の月別の一覧ではなく、年単位や全部を見るという行動に見えて、それが結果の1ページめにあったりなかったりすることからも検索への恐怖を感じます(((  °ω°  ;)))

 

それは見られたくないのではなく、創作カテゴリーなど他のカテゴリーを同じように見ていただくのとは違う独特の怖さを感じていました。数の多さや未分類に近いほどの雑多なものだから、書きたいことを書くということは日常ならば存在を知られるということで、InstagramTwitterにも言われていることがブログにも当然言われてきたんだとわかります。今は書き方を変えることで克服しており、過去記事に嘲笑が向くのは嫌ですが「ネットの現実が限界」という結論です。

それはまた別問題なので省きます。

 

日常や日記タイプのジャンルを書いていくやり方は、「部屋の中の様子がわかる」状態に気をつけなければならないです。文章による、「インスタライブ効果」があると考える必要がありますね。

私は、インスタもTwitterも、ライブ動画をやったことはありません。特に大勢と交流を持つことがなければ、撮る内容もないからというのが理由でした。かつて、ブログにも同じように考えていて「何も書けない」としていたのは、やらない理由として十分でした。「何を書いたらいいのかわからない」というのは、本当のブログや発信する責任の重さをきちんと何トンくらいの正確さで把握していたのかもしれません。ひとりでは、とても「背負いきれないもの」なんですよね。

 

カテゴリーは、ブログ全体の輪郭を表しフタを開ければ中身が文章や写真でスクラップされているものということです。それを整理するということは、お部屋の掃除なんですね。

来月に迫る年末を感じて、ブログも大掃除しなきゃなーと思ったのは、雑多な生き方をする私の指針がまたクルクルしだした証です。

 

アクセスの水たまり

カテゴリーについて自分なりに考えながら整理したので、最後になりましたがまとめます。

 

カテゴリーの断捨離術☆

  1. 日記をつぶす!☜ココからSTART
  2. 新設するカテゴリーを考える!
  3. もう書くことがないカテゴリーを理由と共に見破る!
  4. カテゴリーは複数つけられることを利用する!
  5. 新設したカテゴリーと既存の使用頻度の高いカテゴリーに記事を分けながら追加し、記事の整理も兼ねて思い切って不要なカテゴリーは削除する!下書き保存も活用!

 

(๑・㉨・๑)ファイブステップ。

ʕ•ᴥ•ʔブログ版ビッグファイブ!

ʚ( °(エ)° )ɞヤッホ。見極めは服や部屋の掃除並みにわりと大変でしたー。

 

私の場合は、ライブドアブログ時代がエラいことになってるので、もはや古代としており放置していた「デフォルト日記」をどうすることもできず、まとまってるならと潔く諦め「はてなブログ以前のもの」としました。引越ししたブログなので、過去記事のジャンルや内容の差は仕方ないのです。

いっそ、過去記事(カテゴリー)→押し入れにしようと考えました。記事を地層のように考えているのですが、「ブログの見方」が検索システムとセットで、整備されていないように思います。どうしようもない部分(笑)

 

いつか、変化の比較記事でも仕上げます(笑)

自分の素材で衝撃☆ビフォーアフターするために。最近見たチラシ、○○のテストで70点アップ!⤴のようで、人のこと言えないのに一瞬エッ!?ってなる心理ってありますよね。元の点数・・・と思って、「ポリンキー論」だなと思いました。

カテゴリーは一般的にはブログそのもので、今の形で続くかわからないものの、ブログをやるには欠かせないウネですね。私はオリジナル要素をどうしても含めた形でやりたいので、突然の変更や舵取りに関わるものは独学の個人ブログだからこそ続きます。

 

アクセスアップや検索流入がカテゴリーには生じてきやすいと思います。その具体的な例や理由がわかれば、ノウハウどころではなく種明かしとされてしまう域です。アクセスの泉は自分で「水たまり(比喩)」を作成するところからと考えれば、カテゴリーの持つ力は自身の心そのもので、ブログとイコールになっていくものをイメージできます。

私は畑に草木や花をイメージしますが、中には家となるものを作り上げる方もいるのでしょう。ネットの大草原を走り続けるマラソントライアスロンを好むタイプの人もいます。カチカチ山ではないです(笑)

 

「ウサギとカメは、瞬きもせず。」

これは自作の合言葉。

 

まとめる

今は、ネットの方が現実よりも人の心理や言葉が怖いと考えているので、もっと「好きじゃない」の境界線がわかりやすくなってきており、私のバルラーン絶対防衛ラインを築き上げました。

 

0か100かの世界でイチかバチかではない風潮に、人間が競走馬や天敵をぶつけられかねない見世物小屋として配役されているように思えて、かごめかごめ・・・。

うしろの正面は、反射や鏡で見える世界。

 

(´・∀(๑・㉨・๑)ひとり連携の素振り300回!

ʕ•ᴥ•ʔ見えてますね。

(๑・㉨・๑)不意打ちだましうち◎

ʕ•ᴥ•ʔあの世界では特に戦闘中にターゲットの擦り付け合いはなかったですね。奪い合いでした。(黒魔道士として参戦)

 

明鏡止水をしていたら、クマゴロウの心の水鏡にはチーズ先生が背後に映り込んできた、ダァレ?を越えた答えが待っているのです。

 

2018年11月7日。

大切な「情報の基本」である日付は、記事の結びにも書いていく方針を加えた日。