White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

自分の心を知る方法

ฅ•ω•ฅ色即是空で向上心を持って書くブログ。

 

この記事は、カテゴリーを新設した記念でもあり、今後開拓するためのものです。「心に関する学校」の卒業制作という意味ではなく、ただの比喩であり私が持つ世界観から考えました。過去記事でも書いていた言葉に関することも含め、大きめな主語として「心」を私の目線で書いていこうと思い、置き場所として新設した「心の卒業」がテーマのカテゴリーです。

 

 

少し経緯の説明と今後の予定

本当は、精神科に25歳から5年ほど通っていました。そうなって初めて見れた世界観や自分の心があり、主に文章にまとめていく練習を兼ねてブログを書いてみようと始めたのですが、その経歴を主体として書くには自分が生きにくくなるだけだと感じました。自分でずっとその状態を維持することを知らず知らずのうちに許し、それが人目に触れるようなことがあればブログの渦に飲まれていくのかなと思いました。記事の内容と注目度が完璧には見えないのがブログの怖いところで、そこには人の心理もあるとしています。いらぬ言葉をもらってしまいやすいのは、需要と供給にも似てると思います。

ブログはほぼ主観的に書いているので、無用な攻撃は嫌ですし逆に過剰に優しくされることも望まないのは、心のスキマにつけこまれる理由としてあるから。いろんなことで、近寄ってくる知らない人がいますよね。

 

そういうことから始まって、日々考えすぎるくらいに悩める時間(療養)がたまたまあって、その時私が望んだのはいろんな「ふつう」だったけれど「今のふつう」は何なのか考えたら、人それぞれすぎて大通りに出れた感覚があったのか、何もいらないと思うようになりました。求めると、それが手に入らない時に耐えがたい苦痛になってしまいます。それをやわらげるために自虐と卑下することは、「ふつう」ではない感覚と心の平穏という相反するようなものをバランス理論などから考えます。

 

ここにも最近、見えない葛藤はたくさんありました。執着する、固執することで失う怖さや望んだのに叶わない、得られないもののショックに何度やっても耐えられないと判断し、一時中断。また精神科ではないカテゴリーの通院生活になってしまい、結局手術をするまで体調に影響を及ぼしたかなと思いました。これは様子見をしている病名があったことで、何度か血液検査や他にもいろいろと検査をして判断されたもので、精神科的には健康そのものとされたこともあって、慣れてないために半年ほど気分的にも大変でした。

 

※ここまでで、私が感じているのは承認欲求の話とは少し異なるもので、そういう経緯も今後、表したいと考えています。常に全否定や私は違うという主張ではなく、人として普通のことは心理として存在し、特にSNSを利用すればみんなとてもわかりやすいものだと専門家さんも言われていますね。

 

この記事では「本当の自分を隠した自分」を描きます。書ける範囲ではしょりながら。

 

始まりはガラケーのメモから

今も、データとして始まりを残しているもの。カテゴリー「作品について」にも思いを書いてみたけれど、すべて書ききると今の風潮から、逆に嫌なので避けた状態です。

私の表現の始まりでした。

 

紙のノートもありますが、そこで吐き出してきたものを全部ブログに書いていたら・・・自分でも恐ろしいと思ってしまいます。書きなぐっていることが多く、しかも記憶にも残らなかったからです。今もその症状は継続されていて、過度のストレス(トラウマ含む)から、記憶にないスマホアプリ内の文章や紙のノートに残された状態のものは、書くことでしか解消できない悩みであることが多いです。

その方法は、4年前に私の信頼する人から「続けた方がいいよ」と肯定してもらえたことで、自分に合うと思ったこと、がんばれると思えたこと、自分を知り自ら向き合うことは「自分の中にある言葉」を知ることで、それはわかる形で記録していくべきなんだと思ったことを覚えています。Twitterは公開でやるには今は危険地域となってしまっていますが、交流も可能なもので、ネットゲームでは見知らぬ仲間と楽しく遊べた経験があれば記録しておくのにいいものでした。過去形なのは、今でも大切に思える理由でもあり、同じものは「もう書けない」感じがあるからです。

 

時代を表す言葉として「そのとき」は、振り返れば一生の中の瞬間であり、中島みゆきさんの♪瞬きもせずはTwitterを歌っているようでもあります。ずっと前の歌で、時代背景は違うのに不思議ですね。私が子供の時でしたが、メロディや歌詞が好きでCDを購入。今も変わらずいい歌です( ˶˙ᵕ˙˶ )

 

心のオブジェ。

こういうことを考えて表すようになって8年。

「イマジナリーフレンド」と心のセルフケアをしていたようだとひとりでなんだか泣く日もあり、書いて良かったものはブログを含めて多いです。そこにはまず私の満足度があり、続いて人からの評価はありがたいなと思うものをいただけたことにあります。

それとは反対に、時の経過から書かなきゃよかったと思うのは、人と揉める原因になる内容、「時事問題」に触れて意見を述べること、もうオブラートに包めないほどの嘆きをすべてごちゃ混ぜにした「総合」的な感想であり、判断です。

それは私に限らず、誰であっても大変悲しいことです。特に、ネットで揉めることは本当に嫌で怒りをぶつけ気味です。スマホにしたことで言葉やSNSで何かを発信するうちに、普段から心にも衣を纏ってしまい、こうして書いてきた中の私自身という極小規模の変化(良)を「意味ねぇだろ!」と思うことが大きな原因だとわかりました。

この取り組みは過去からの不届きものによる、やり場のない怒りと悲しみに震えて泣く日のことを家族でさえ知らないまま、8年前に「アシタカのセリフ」から自身を抑える訓練として、ひっそり始めたのです

それは自分で考え、使用できる魔法のようなものです。

 

ハリーポッターでは、「閉心術」とされるスキルがあり、話の流れで主人公は習得を試みます。映画から発想したものですが、呪文により「自身の心の隙間をこじ開けるように、他人に大切な記憶や思い出を見られないようにするため、干渉されないようにするスキル」という解釈をしています。これは、とても大変な訓練でした。ストーリー的にも重要な部分が描かれたシーンです。結果を言うと、主人公はこの時学ぶことを断念しました。

 

私は、この作品が好きです。

辛すぎた時にはいつもいろんな世界の魔法を思い出し、「覚えたい!」と本気で願いました。私に必要だと。悩んだ末に、とある機関にメールで送信した「ハリーポッターで主人公が魔法を知らずに生きていくこと」がどういうことかを書いた気持ちと重なりました。私もハリーと同じく、学ぶことを断念する形になったのは、現実にはそもそも魔法がないと考えたら、最初から無理であったことは速攻おわかりいただけると思います(´•ω•`)

 

私はひとつ嫌なことがあると、全部投げ捨てるほどいろんなことが嫌になる生き方で、実はわからないところで、いつも「もういいよ!!」というシャウトをして携帯を壁に投げつけるような人間です。

 

書かなきゃよかった☜ ☞書かない方がいい。

 

その境目は、どんぶらこツイート🍑ですね。

川があってその川の名は・・・「虚空川!」

 

ʚ( °(エ)° )ɞ !!

ʕ•ᴥ•ʔアリエナッティのようすが・・・!?

(๑・㉨・๑)えっ、進化?

 

ʚ( °(エ)° )ɞ私の名は、”Ursus maritimus”。

 

こころのドアノブ

私の息抜き、創作物のひとつ☟

hanakonekono.hatenablog.jp

 

森に宿る命、コロボックルと魔法使いさんの物語。

 

5年ほど前になりますが、自分の「幸せ」を探すには想像の世界に行くことだと考え、過去のトラウマから脱却するため、浄化するため、セルフケアの領域に進むために言葉で描くことを始めました。

「自己満だった」というのは当初からあるもので、何らかの心理作用をくらうぐらいなら、別に反応はいらないと思うこともしばしば。心を蹴破るかのように叩いて、庭は踏みにじって、何らかの合図で侵入したら笑顔で褒めちぎるなんてやり方は想像するだけで怖いですよね・・・。

私は立てこもり犯!?普通にmy 心の家にいただけなんだけど、と思います(´•ω•`)

 

それもまた、「心霊TRICK」のようであると怖さ倍増です。

 

「イマジナリーフレンド」という呼び名で存在する私の中のキャラクター達は、このブログもそうですが、王道の範囲で溢れていきます。私の心に、他人ではなく自身を脅かすほどの怖いキャラクターがいるのは、その一部でしょう。ブログの説明文を変えて、わかりやすく表すようにしました。

セルフ合戦していると、3DSのすれちがい合戦のような言葉による(・・・これは、いらねぇなー。)が左へ受け流しにくくて、ネットは後腐れなく人を嫌えるのかと思ったら、違うから現実より大変だと感じます(´•ω•`)

現実は、容赦なく嫌いだと全面に出るほど嫌うこともありますし、お互いそうなので「なんで嫌い同士で話すことがあるのか」と主張して、周りも相手を止めることが学生時代に多くありました。

現実が今で言うクソリプだらけの世界に生きてしまい、文章に多大な影響を与えてくれます。そういう人は、リアルの自分に自信があり日常的に妄想やねつ造を好むように自分第一(悪性)なところが特徴としてあります。周囲からも「何だろう?」と思われていたりよくわからないという評価を受けていました。ネットやSNSの知らない人からの評価そのまんまですが、不思議と友人はいることもあります。パッと浮かぶだけでも、人生の半分はそういう人に囲まれていたし、エンカウントしてきました。

 

昨今は一般人と芸能人の境目が区別しにくいとはいえ、「嫌われたくない」と主張しながら、好き勝手言うけど(嫌わないで砲)されても、それで嫌うなって無理あるわって思うことが現実では大半ですよね。私は、好きじゃなければ関わりを断つためにも嫌われる覚悟で「好きじゃない」と1回は必ず言いますけど、それでもヤレなんとかだ、ソラなんとかだ!節の人は違うことを知ってます。

「私は嫌いじゃないから」とか相手がぬかすと、口論に発展することが実際にあり、日々のストレスと重なって人間関係にイオナズン

そうなるのって、私の「関わりたくない」に対して「仕返しし隊」なんですよ。からっぽの中身は恨みにも表れる。そこに、実は人知れず、人柄を都合良くねじ曲げていく妄想癖があったのではと考え、その後の発言などから「もしもボックス」としたり、独自にわかりやすいものを置き換えたりもするのですが、ある時気になって正式な用語を検索していたら「ス☆ーカー」の項目にそれらしいものがありました。まさかいろんなタイプがあるとは思わず、一般的にはあまり知られていない情報ですよね。

 

詳細はフェイクを入れるとしてもめんどくさいし、もう書かない理由に思い出す必要がなくなったことがあります。記憶の復元はガラモンソングがピッタリな内容ばかりでした。私が「パンドラの箱」と表現する記憶は、ある日その理由を表すように、ガラクタにかわったことが辛くて、涙と共にその辛さを理解しようと奮闘したのもまた別の辛さが待っていて、今から3年ほど前のことでした。

 

「正常な時の流れ」を得るのに必要なのは、日々を表し埋めつくしていくことで、他に何か大切なものを新たに見つけていく方がいいと自分で判断したことが大きいです。

不思議なもので、上書きされるものは「今の自分」が導く未来への布石だと考えれば、慣れるまでは辛くても、「自分が決めたこと」で選んだ道だからと自分を強くする理由になっていきます

このへんは長くなりそうですから、はしょります。

 

最後に・・・

この記事の最後という意味で、いつものまとめではないもの。

"悩んだ分だけ自分が納得のいく答えになる"というのは、8年前にたくさん悩める時間を療養とはいえ持てたことが大きくて、ふつうは友人や家族のアドバイスがあったりするものです。私にもそれが全くなかったわけではないものの、まず人と会うことが比べたら絶対少なかったですし、親友にやんわりと「肯定」してもらえるだけで大きな安堵を得て、感謝することができるようになりました。

同時に、個人的すぎるNGワードが増えたな・・・と感じておりますし、ブログで試しにそれが設定できたものの時は、また書きなぐるように無心で設定したようで、後日何気なく確認してみたらその量と種類に自分で驚きました(笑)

 

誰しも瞬間的に、「この単語とか言い回し嫌い」ってありますから。

ネットの奇妙なところは、人の心理によるものがこぼしたインクかと思うほどに広がりを見せていくところ。そして、それらには「ことわざ」が時にパズルのピースのようにハマる様子が描かれていきます。海外では、過去にラジオで民衆のパニックが引き起こされた件があり、それとも似ているところはあると思います。

 

また、口調が独特なもので「誰」感があるまま公にそれが明かされることもなく、続投されているのは、専門的にも一般的にも語られることがあります。有名なのは旧2ちゃんねるで、Twitterにも蔓延していることで知られています。このへんは、文字数や内容を省略する心理から空気に染まることがあるのでしょう。一種の秘匿や紛れ込む、とけ込むような感覚が人ごみにいるように感じさせることもあると思います。無意識な部分で忍者ですね。

 

私が「自分を隠す方法」を選んでしまったのはハッキリと理由があって、それさえも私の人生にあったことをこの1年で振り返ることができました。

 

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オートロックに閉め出された人のイラスト(女性) | かわいいフリー素材集 いらすとや

心の扉は地図がある話

  1. なぜ、自分はその自己表現をするのか。
  2. それをすることによる、狙いは何なのか。
  3. 過去と向き合う心の扉は、鍵を与えた。

 

私は何度か書くことがあります。

ファンタジーは戦い方を伝授してくれる。それは、心の戦いにとても役に立つ言葉と魔法だらけでした。私は悪そのものと対峙しているわけではないのですが、自分の中で記憶に魔物がいたことを知り、やっつけるような感覚を身につけていかなければまた負けてしまい、心を乗っ取られるような、別人が生きていく恐怖を感じることもありました。「私は以前負けたんだ。」と思うことは、今度は記憶の中で戦うのだから負けられないと考えました。ひとりの心の内で起きた、とても静かな戦いです。この体験は、辛くとも貴重な経験であると思っています。盗られたくないし、無理が出てくるのを見たくないので表せる範囲となってしまいます。風潮ですね。

 

ファンタジーの名台詞のひとつ。

"じゃあ、お前はラスボスの悲しみを背負って、今まで見てきたものやたくさんの人達のことは放り出すのかよ!そんな旅ならやめちまえ!"

 

ニュアンスですが、今もカッコイイと思っています。覚悟をしていた者の厳しさと、勇気と優しさだけで先陣切って走ってきた者の甘さから派生した言葉ですね。このへんは、ワンピースがよく表していると思っていますが、実は正義を問うようなRPGにも葛藤はあります。仲間ってそういう指摘と、時にぶつかってでも確かめる絆があるんですね。

このセリフは、主人公ではなく支える仲間が言ったものでした。記憶からなので作品名は避けます。主人公は、幼かったのかお話の中盤くらいにボスを討伐することを悩んでしまいました。目的を明確にすること、時には「優しさは武器」になることをモンハンでも学びましたし、お話の良いゲームというのは名シーンが必ずあるものですね。

 

私は、心に刻んでいます。

自分の中で大切にしたいのは何なのかを常に言葉にできること、真逆には走らないこと

ラスボスに加害者を重ねると良くないので、大事なのは「ラスボス」ではなく、他人の話で使用されるスポットライトであり、キーワード捻出能力です(笑)

 

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ワタクシ刑とも読める、定番化した必殺技。

おすすめしたいのは、テイルズオブヴェスペリア。主人公ユーリのある決断と仲間の反応は・・・。親友の言葉は。

紹介した言葉とは違うゲームですが、昨今の晒しあげに重なるストーリーかなと思い浮かべてみました。私は、シリーズで一番好きな作品です。そして、人気投票で見事1位をとった主人公が愛された理由は・・・!?

それがわかれば、ワタクシ刑に重なる理由とファンタジーな覚悟を要求された際の返しが答えとなるのかなと思います。

 

伝言メモ

私が最近克服した言葉は、「心得違い」でした。それをしないでねと信頼する人に言われたことがあり、ドキッとする意味があったことは、渦にハマりやすい笹舟を再び流れるように運んで、方丈記のフレーズに重なっていきました。

 

2018年11月10日。