White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

焚き火で陽炎ステージ

ฅ•ω•ฅ色即是空を夢見るブログ。

 

毎日、いろんなことがある。

ブログは何かを思うことや考えることに、とても良いものだった。発信する=投稿すると解釈するのも当たり前になって、公開状態や書く内容は書き方として語られることも広すぎるネットの世界にはあります。

私は、それを他者が決めることではないと考えます。

たとえば、ブログなどを「(第一に)自分のため」とする人が「それなら非公開でいい」とその書き手ではない人に言われることもあります。それって、「自分のため」というワードに「非公開」を最もポピュラーな意味や用途としてコトバンクなどに掲載することと似ています。コミュニケーションにマイワード辞典を必要とするのは、そこです。

 

今回は「アテンションプリーズ。テステス、マイクテス。」をテーマに書きます。

 

 

心の視覚化って答えを求めよ。系?

こんなものを描いた。


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盗られて、誤用されたら嫌だなぁって考える必要が出てきちゃった時代。書いた人のせいwになると学んでしまったからか、「擦り付ける」ことによる雲隠れや困惑を招く複雑さを情報のグラデーションとしたのですが、少ないメリットを手にしてデメリットはトイレのペーパーみたいに投げつけてくる行為にうんざりします。それ、「渇望」してしまうんだと思うんですよね(´•ω•`)

まるで、欲望の砂漠化です。

水を欲してさまよい歩いていくうちに、他人のオアシスに踏み入って、黙って水を持ち去っていく。

リンクフリーや無断転載とさまざまな罠が待ち受けているネットの世界。私も気をつけているのに、よくわからないまま参考にとリンクを貼っているのかもと怖くなることもあります。そのへんは、プロや専門家と同じような見た目のブログ?を一般人も趣味の域なのに作れてしまうことがあるのかなと考えました。私は、文体からプロフィールを確認することも増えましたが、知識や経験が伴った方のものであることが多く、私は迷いの森に入ったかもしれないと「(´ºωº`)ドラえもん…?ドラえもーん!」となっている状態です。

 

(๑・㉨・๑)Simejiえもんしかいないクマ。

ʕ•ᴥ•ʔ攻撃呪文なら豊富です。

ʚ( °(エ)° )ɞ妖精はココですよ。

(๑・㉨・๑)お前は時々仕事をしない。

ʕ•ᴥ•ʔ姿を見せてる時はしてないですね。

 

画像の解釈

天国と地獄と、この世。

重なり合うこの世界に、なぜか重なる会員制度の説明は懐かしきシステムの導入。最も重なっている真ん中部分には、「A」とする答えを光らせてファンタジー演出を。地獄から湧き出るカオス的な煙と、天国から沸き起こる湯けむり。この世からは奇跡的にそれらが混ざりあっている色を。それはまるで、ドライアイスにライトアップしているかのような究極幻想を織り成しています。

※あえてビフォーアフターみたいな書き方。

フリーハンドで描かれた天国に位置する円が歪んでいるのが一番の特徴です。

それでは、リストでさらなる飛躍を。

 

重なる世界観
  1. ファンタジー
  2. 現実
  3. 妄想

 

天国と地獄の境目こそ、私たちの生きる世界かと思ってみたら、どうやら私たちは独自に世界観を持っているようだと考えて3つの円にしています。地獄とこの世を重ねて、現実とする理由は度重なるこれまでの事件です。それがもうどこからかもわからないほど、人は凄惨な事件を起こしています。

「何かの被害者から」見れば、それは地獄そのもののように感じるものです。これを外側の人間たちは作品を通すことで初めてちゃんとした感情を持つようになるのではないかと思ってしまいます。時折、目にすることもある現実味のない言葉が「登山口にさえ来てない」とする考えに至ったのでした。

言葉にリアルな声や重みって欲しくなってきますか?

昨今はそういった本当なら望まなそうなものにも価値を見出す心理があることは、「渇き」としてそれぞれの形で語られることがあります。けれど、それは平和の象徴のようでもあり、被害にあわれなくて良かったですと私は言わなければならないのかなと悲しくもなるもの。これをわかっていただけないことが、最大級の悲しみとなり、やはり作品にするべきなのかと思ってしまう「感情の悪循環」です。

 

時に、人は心を強く持たなければ耐えられないことは「映画 寄生獣」でも主人公が表す場面があります。

 

私は、今後必要だと思うものにこころを学ぶことがあります。それは教えを国ごとではなく、世界で設定するべきと考えます。PTSDやその他の症状を知ろうとすれば概要を読むことは可能です。それで理解できたとして、あまりにも簡単に見知らぬ他人に向けて「精神科行け」と口にしすぎだと思います。私も、過去にそういう文章になっている記事を書いたことはありましたが、「攻撃性」に注目しムカつきながらも見解として記したものの文は大荒れでした。私は精神科医ではないので、私の中で無理となって腹が立ってしまい、人とのコミュニケーションは基本的に接客じゃないと考えてることですべてがどうでもよくなりました。見知らぬ人だから親切に対応したくなくなるという趣旨で、その記事を書きました。

その心理や理由にネットとの向き合い方を見つけていかなければ、ずっと傷つけ合って化膿したり悪化していくだけで、どんどん治らなくなる理由だとしたいと思います。

基本的に生きてたらみんなが何らかの理由で傷ついてる状態だと考えています。

他人に何が言えるんでしょうね。

赤の他人は英語では「Stranger」とする説もありますので、赤という色の持つ意味から派生したとか垢からきているのかなとか、私は由来を考えてしまいました。考えることが好きなので(笑)白とか黒とか、とあるジャンルに特殊な意味がありますし、そこに赤が混じることって、私はちゃんと色の勉強をしていったら、また違った説や今ある「明らか」という意味になった理由を見つけられるのかもしれません。未知です。

 

色の話から「黒」が出てきましたが、私はむしろ心の地獄から発信する流れだって考える必要はあるのではと思います。記載する配慮や他者への攻撃が何を意味するのか…それは武器を闇雲に振り回してる状態です。見えないから、誰にも何もわかりません。

 

風の辻斬りが可能な世の中です。それは、ファンタジーでは「かまいたち」とされたりもします。

言葉は、本当に見えないのでしょうか

 

あなたの心はどこから?

ニュースやネットで見かけるようになった「統合失調症」だって、MRIや血液検査から診断がくだるまでに医師と話す段階があります。ヤク中を疑われて、最終的に診断されるんです。私はそうでした。その病名が背負わせてくる荷物はマッターホルンが上から降ってきたようでした。それさえも無責任に放り投げたような返しをいただきました。

私から見る精神科とは、そのへんの美容院と変わらないくらい「さまざま」です。良い医師に出会えたなら超大当たりで、たとえたら渋いと噂されるスマホゲームのガシャで誰も出てないようなSSがポロリと出て、他人に言ったら最後…そこも心理があるそうです。その心理に、私の言いたいことが隠れています。心の病って「あやかる」ことが一番いいのかと考え込んでしまいますね。

 

それを私はデマにも重ねて、信じてしまうことの危険性を爆発物に置き換えて悲しいと思ってしまいます。

 

見知らぬ人が人生を脅かす→人生の不法侵入だなと思います。既存のよくある罪の対象物である物や住居を、人や人生に置き換えることでシンプルに伝わる相反した凶悪性。

「わかりにくい」というモヤは、罪人を連れてどこかへ行軍していくようです。描いたものにもモヤはかかっており、意図的にぼかしていますが、大したこと書いてないです。でも、パッと見てわからない領域としています。「グレーゾーン」にあたるところが、どこなのか。私は、ネットと心であり、宇宙なのかなぁと思ってしまいました。もしくは、ニーハイの「ある領域」…か?

 

◌˚✩\\┗(´・∀・`)┛///。☆◌。˚

絶対領域!!バリ(チーズ)ー!!!

 

デマは発信者や動かされる者たちに、義賊や桃太郎的な幻覚を見せるように、錯覚させる③にあたる部分へと誘うものです。妄想としている部分ですが、しっかり現実でありこの世から生み出された誰かの天国に相当するような領域です。

 

「それは誰なの?」

 

とても恐ろしくて、純粋な気持ちから出てくるtruth。嘘から出たまこととは、純粋なものから生まれるのでしょう。「純粋」というワードひとつとっても、実は意味がたくさんございます。調べてみると、自分は意味のひとつをメインとして日常的に使用していることがわかり、日々何かを調べる度に驚きます。特にそれが不便ではないですが。

それは、また別に描いたものでやりたいので次回の記事に持ち越しです。

 

誰だかわからない人の正体

デマと事実の区別がつかないまま、現実からも切り離されたような世界。手のひらの仮想現実に何を見て何を発信して、何を運んでいくのでしょうか。このへんに、有名な話『 ハーメルンの笛吹き男』の正体を考えて、日本ではない地でのお話ということは日本人にはわかりにくいものである理由かなと思ったりもするので、近いお話が私たちの国の童話にもあるのかもしれないと思います。ネットで見かけるのは、少し違った使われ方をされているようにも思える不思議な話です。

 

ハーメルンの笛吹き男…私の仮説含む。

海外で実際にあった出来事とされているもの。ある街でネズミが大量に出た!ということがまず置き換えられたものだとしたら、犯罪や組織的なものとして私は考えてみました。そこへ駆除するために現れた「男」によって、ネズミは不可思議な退治の仕方で駆除されます。大人たちは男に報酬を払う約束をしたのに、払わなかったとする流れがあります。この部分に「笛吹き男」の由来が描かれています。笛を吹くことで、ネズミを誘い、自ら死へと飛び込むよう仕向けるのです。笛といえば私にはヘビですが、ネズミなんですよね。ネズミもまた習性があるでしょうから、「笛」も何かを置き換えたもの。私はホラ吹き男?と思ってしまいました。ネズミを犯罪に置き換えて考えているからです。そもそもが、デマの発端のごとくネズミを放った者だった。出来レースとかヤラセだったのではと思うほど、不自然な駆除の仕方であること、何かの余興のようであったこと…ネズミはそもそも大人たちが「呼んでしまった」のではないか。報酬を払わなかった理由はよくある大人の事情で、「男」は子供たちを連れ去ってしまう。ネズミも犯罪なら、笛吹き男は最初から目的が「子供」だったのではないだろうか。ネズミは放たれた罠で、困り果てた者へつけ込む手口。規模が街という大きさだから不自然な話ですが、もしひとつの家族単位で規模を小さめにして同様のことをやられたら、悪徳のような話で時代背景もあるとされていることから、日本では花いちもんめが似ているのかもと思ってしまいます。

昔テレビで、人身売買を歌っているというのを解釈として聞いたことがあったものですから。安く買われることを「まけて悔しい」と表し、「買って嬉しい」としているのだとか…。

 

このように、目的のためなら手段を選ばない人がいることに、寄生獣でミギーが言った「悪魔は人間が一番近いと思う。」というセリフが重なり、自分のためにしか生きない者は本当の魔物のように思えてきます。

 

まとめる

すべてをまずは「自分のため」とすることから、始まるのがネットの登山ではないかと思うのですが、「情けは人の為ならず」という心も大切ですね。ふたつの意味を持たされた言葉で、そこには逆恨みも含まれているのでしょう。言葉はモヤがかけられてしまうことがある。そのモヤの正体は「何その生き方」であることが明かされたり、放送禁止用語とされたり。

まだまだ人聞きにみられる、聞こえ方を気にする人生は、根っこが自身に十二単している心だから。それでは、モヤの中を見抜くことはできないでしょう。そのモヤは、ドラえもんの道具でもなければ中を見せてくれないのだから。

 

他人のための敵は本能にあり!

※わかりにくいかなと思い、修正。

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本能寺の変のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

心が既に本能寺ということで。

 

これは桃太郎に重ねれば、そもそも「他人」が村人や助けたい人で大義とした理由だったのに、「鬼」を退治してみれば御礼を言うはずの人々はどこにもいないということになります。そして、桃太郎はボフンと音を立ててバルスされ、「被害者」というオニを生んでしまう。退治されるべき本来の鬼は、からっぽ(空席)だった。自由の名の木の下に、オニは鬼ごっこをさせられて・・・。(指定席)なのもまた、不思議なチケットで「さぁ、どうぞ。今日は給料日ですよ〜」とご案内したピエロもファンタジーにはいました。ご案内されたのは、名がイミテーションやら泡沫の者たちで、オモクロイことに世界観が似てる…。

それが、どこから生まれたどこ太郎。

のちに、人々は「どこだろう」と呼ぶようになるかもしれないお話。

 

少し、鳥かごや高速道路やと例えていくうちに、たどり着いた新たな世界観。ウィリアム・テル序曲といえば…。まさに、鳥や高速道路を模した素晴らしいステージが極上パロディウスに既にあったことを思い出しました。あのステージのボスは、余計な部位の破壊が可能な信号だったなと思いました(笑)

 

ʚ( °(エ)° )ɞスピードアップ!

ʕ•ᴥ•ʔいきなり速いんですよ。

(๑・㉨・๑)でも、最初にそれがないとついていけないクマ。

 

終始ビックリなステージで、笑いながらクリアしたことを覚えています。

 

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工事用フェンスのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

 

2018年11月24日。