White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

原点回帰していく表現

ฅ•ω•ฅ色即是空

 

数日かけて考えぬくという、暇人による麻痺人の究極コラボ開催!を頭の中で想像するということですが、実際に頭を切り開いて、中身を確認するような人間も古代からいたのかなと言葉の難しさを悟ります。このような場合には、私たちが当たり前に「想像する」ということをどのように比喩的に表現しているかが大切な土台です。私が使うことが多くなった「頭の中で」というのも、よく言われる表現だと思っています。

 

今回は「目には見えないもの?」を書きます。

 

 

次元の問題集

私は、最近特に考えるようになったことがあります。

それは、見えるものだけを信じる人間の、デマやフェイクを紐解いていく際のムスカさん状態に陥る心理です。古文書は、古代の台本で遊びの一種だったのに、今になってやってみたら答えがないとか失われたものへの回帰であることを示しているように思います。

古文書の解読に失敗していたら…?

それなのに、過信したものは破滅への予兆だった。龍の巣は、人の心になってしまった。

ふしぎですよ、「そういう人」と話すの。

 

それをわかってしまったら、終わり。

直列回路だから、原因がわかってしまったらそこから得られた結果も消えるんですね。なかったことにならないのは時の流れから当たり前なので、この時なくなるのは「自分の存在意義」です。恨みはフタを開ければからっぽだった。けれど、フタを開けずにこの中にあるから!と信じ込ませて、時に人は戦争さえも引き起こす。私がラピュタに重ねるのは、ムスカが何を信じていたかです。映画では省略されてしまったように思うものがあります。

もしも、パズーよりもムスカに焦点をあてたお話の描き方だったら…。大人はそうでなければならないように思います。ムスカのセリフひとつひとつが、本当にアレみたいだと思えるでしょう。

「君たちが忘れてしまったであろう、秘密を知っているのだよwww」

これは、全く同じセリフはないものの、シータに知識を語る場面でビックリな発言を連発することが何度もあります。ムスカは、まるでお話の解説をする宮崎さんのような位置で、見方を変えてしまえばキートン山田さんと化してしまうのです。彼が担った「解説役」は、彼なくしてもはや話が動かないほどに、映画天空の城ラピュタの礎となっています。

 

では、私たちにムスカのような人がそれぞれに現れて、演じ始めたらどうですか?

 

(๑・㉨・๑)バルスするクマ。

ʕ•ᴥ•ʔバルサンもついてくる。

ʚ( °(エ)° )ɞバズるようにバルサンをすることをバルすと言ったのかもしれないですよね。

 

👓(´・∀・`)このサングラスで完璧!お前達を嘲笑うことも可能な、素晴らしい匿名性!

 

月光の雲海で、シータとパズーは初めて滅びの言葉について話すけど、パズーにはそう伝わってなかったのかなぁと思っています。拒絶の言葉で、リセットの効果を秘めた、ラピュタからすべてを追い出すような言葉なのかなと思います。

宮崎さんは、千と千尋でも人間の勝手をゴミとして描き、ラピュタを思わせるシーンがありました。変わらぬ良さでありメッセージとして、宮崎さんが作品として表すときの情熱のひとつなのかなと思います。あれを見て、何も思わないままではジブリを語れないですよね。

近いものでは、ゲーム機のコントローラーを同時に押すとリセットが発動されたことかなと思います。けれど、同時にラピュタにおいてはガラガラと崩れ去ってしまうデータがあった。子供なら、尚のことムスカの悲しみが疑似体験できたんですよね。

私は、ラピュタの悲しみとしてムスカが子供の頃のシーンをナウシカのように流したら、パズーのように純粋に夢を見ていた頃を描かれるのではと思いました。

子供の頃のムスカとパズーは、何がふたりの道を分けたのだろうか?

 

シータの存在でしょうか?

ムスカは、飛行石にしか目を向けていなかったように思います。パズーは、シータを大切にしていたから、飛行石は応えたのだろうと思います。終わらせることができるって、「知らない」からこそできることでもあるのでしょう。その城やそれが何を意味しているのかも、何も答えとして得られない。数式がない状態を生きてくると、なぜその数式や答えを得ながらラピュタに乗り、雷をドッカンドッカン落として笑っているのか…。

滅ぶべくして…というのは、ひとつはせせら笑うことにあるのかなと思います。強大な力を手にして、まるで独裁をしてしまったら。

外部の人間が討つのは容易い。

本当に大変なのは残党の処理。歴史が語るのは、人の心ですね。よくは、知らないままで私は人生を終えてもいいと思える理由かもしれません。すべてを知るのは、死んでからにする。生きてる間に、どれほどの謎を解き明かしていくのか。地球に生まれて、同じ時を同じように一生懸命それぞれに生きて、なぜそこで他人の人生を知りすぎた代償に本人が知らない領域を笑えるのか。そこまでを含めて、周りからは異様であり、代償さえも本人に払わせたと勘違いして、笑われるのは本当の代償であり、真実だと思います。

それは、鋼の錬金術師で似たような形で答えとして描かれていたようです。とてもすごいものを描いている作品だと思い、見えない世界の掟を語っているようです。

 

まとめる

記憶や人生が失われた時間。

それを勝手に「この時までに」と記憶が戻るゴールを指定されて、なぜかそれさえも忘れて、ただ歩いていく人は哀れですか?

それを何らかの方法で知った他人が、「本当はこんなに幸せがあったのに、忘れちゃったんだからしょうがないよねぇえ!!忘れちゃったんだからァ!」後半はムスカの素晴らしい演技力でカバーされた名台詞。

忘れるって、そんなにダメなことなんですかね。私は、犯罪に関してはダメだと思いますけど。自分の本当の名前も、人生も、ラピュタという祖先の故郷さえも忘れて生きていくって、そんなにダメなんですかね。死んだ時に棺で夢に見て、思わず飛び起きそうなものが眠ってるなら、逃げといた方がいいようなことを生前から失礼しますwwwしてる人はねぇ、地の果てまで鬼ごっこしようよって放っといて、放置かなぁと思います( ゚∀ ゚)追っかけてこないから、戻ってきたのかもしれない。よく、FF11では「戻り」がありましたから。気をつけないと絡まれてしまいます。

何万年とトレインしてきた厄介な古代文明さん。素晴らしい古代文明さん。誰よりも夢を見た、古代人からの星の贈り物は、夢と幻。私は、想像上の古代が好きですね。

 

他人が人生で忘れ物してるなんて、ほっとけばいいのにね。記憶を司る細胞がホットケーキミックス(ベジタブル)ジュースという日本語では青汁を作ってるんだから。健康にいいとされてるんだから、そういうことなんだろうね?辛すぎた結果、飛ばしたものだから。返ってきたら、どろーんなんだろうね。

忘れ物して、記憶を見せてくれない理由は…

 

(๑・㉨・๑)記憶忘れちゃった!見せて。

(´・∀・`)へっ。ゴトゴト(机を動かして離す音)

(๑・㉨・๑)…それ、名前のところにファントムって書いてある。お前のじゃないだろ!返せよ!

 

(๑・㉨・๑c彡☆д・`) 

 

Σ(๑・㉨☆(┗┐ヽ(´・∀・`)ノ

 

ʕ•ᴥ•ʔクマゴロウ先輩の過去は、なぜかチーズ先生も一緒にいるふしぎ。

ʚ( °(エ)° )ɞ記憶の魔物ですかね。

 

(๑・㉨・๑)無双阿修羅拳!

(´・∀・`)【雲隠れ】

 

ʕ•ᴥ•ʔ奴が骨にならないと拳は効かないかもしれません。

 

他人の人生を知りすぎると、ご自分の人生を投げ捨てた期間が、まさに同じような記憶の消失に思えます。それをまた、「他人のせい」にしてしまえる頭も、やりたい放題でふしぎなボワッと頭だなとあるひとりの同級生を見ていると思います。ひとりで何役やってて、話をどこまで進めたのか。それがわかる人が誰もいないので、おそらくキートン山田さんに相当する、人生のナレーションがいなくなってしまって、作品によっては守護する者だったのかもと解釈したこともありました。なんか、被害者が危害を加える人物の別アカのようで、あるゲームではふたつのアカウントを同時に操作することから、2アカと呼ばれていました。他人なのに、自分だと思ってしまうのは、まだ解析できてない域ですが、「アカウント」という考え方なのかなと思っています。人形遊びのように、人で遊んでるし対象を動物にしても、行われているものだと思ってます。

私は、自分がボロボロの雑巾やぬいぐるみのようだと思ったり、ゴミ箱のようだと考えて、スケープゴートという役の怖さを思い知ることができました。

エスケープコートみたいですよね。

…透明になれるのかなと思っています。

 

何もないって、究極の域に到達すると存在のことなんだと思えます。