White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

立ち直る過程の心

そういえば、書こうと思ってなかなか書けないでいた内容がありました。


立ち直り方についてですφ(・ω・ )


私がどん底まで落ち込んで、元気になっていく過程にあったもの。

人生のどん底なんて、人それぞれいろいろあるし、そんなのまだどん底じゃないと思われそうですが、私はそういうあまり嬉しくない出来事を比べるのはやめたので、私の人生ではあれがどん底であってほしいなと思う、20歳前後の出来事のことを指します。


20歳頃から、5年は落ち込んで元気が出ないままでした。

当たり前を外れてしまう、挫折を味わいました。
今でも、順調にキャリアを積み、社会人になった一部の同級生の元友人達を、少し恨めしく思ってしまうことがあります。

さんざん罵声浴びせて、人生の邪魔して足引っ張って、自分達が大事な時期になったら、私が大学に行けないくらい落ち込んでも、気にもしない人間。

何にもなかったことにする、人間。


恐ろしい( •́ฅ•̀ )


そこから、さらに5年間+2年目(続編状態)。
25歳から、今現在ですね。
※わかりずらそうなので、加筆修正しました。


私を守ってくれる人の存在が見え始める。
私の代わりにダメージを受けるけれど、私は何もできない。
もう、ダメージを受けたくない、受けられない。
そんな考えを持っていました。


どこかで、私はファンタジーの世界を思い出しました。

自分で、戦う方法を見つけました。


防御を覚え、一撃で仕留めることを考え、心で言葉を研ぎ澄ませていく数年。


大事なのは、いつまでも誰かに守ってもらってないってこと。

自分で戦えると思うことは、のちに大好きな作品ワンピースのルフィに「私は、精神的に強くなれた!」と言えるほどになる。

20歳くらいの時は、落ち込みすぎてこれが言えなかったなぁと思って(笑)


いつの間にか、7年。

どこかで、気がつけたこれから大事なことは大きな良い報せをもたらしてくれるのかなと思います( ˙ᵕ˙ ) 


ずっと、守ってもらうばっかりだったら。

私は、他力本願だったと思う。
誰かを盾に使い続け、自分が攻撃を受けることはしなかったと思う。

私は、これが嫌だった。

自分が傷ついてこそ、初めて何かを守れるのだと気づいた。

痛みを知るからだろうと思う。


柔道で、投げられたことのない人間が、投げられ続けた人間の受け身に追いつくだろうか?

転んだことのない人間に、その痛みはわからないのと一緒。
想像することはできても、じゃあそれどうぞって言われたら、嫌だろうから。

自ら、転ぶほどにガムシャラになって、転んで、痛みを知ったら、同じような人の痛みをわかってあげられると思う。

ついでに、転んだことがないと演技でも、どう転んだらいいかわからなそうですよね(笑)

演技をするって、たしか憑依型と再現型があったはずだから、ガラスの仮面かなぁ…再現型の話をしてたの。

体験して、まず覚えることは大事なんですね( *˙ω˙*)و 


考えるだけじゃ、机上の空論。

大学で、道での上手な転び方~だいたいココがすりむける~なんて学ばないですもんね(笑)

いつ、手をつくことを覚えるんでしょうね。
手をついて、立ち上がってまた歩いたり走ったり。

人生のうまい転び方~その軌跡には~

こんな講義あったらよかったのに。

人生で転んで、華麗な受け身がとれたらすごいな。


そんなことを考えたᐠ( ᐛ )ᐟ


大事なのは、他人が傷つくのを黙って見てるより、自分が何かを守って傷つけば善。


ルフィや必殺仕事人は、まずそこを見る(*´ 艸`)