White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

本日のオススメ。

今日は、ちょっと今までやっていた心の闇からくる内容をやめて、漠然としていたはずの「不安」の中身を表しておこうと思います(; ・`д・´)


私は、たまにひどい闇に包まれる日があります。
それは、時に何日も止まない雨のように続く時もあります。
けれど「私」の復活や目覚め、そして、その闇を祓うということに意味があるのか、ひどい悲しみをつれてやってきますし、深い怨念めいたものも、感じられます。

これは、呪いかと思ってしまうんです。


呪いの本当の恐ろしさは、対象が死ぬことにあるのではなく、死ぬことすら許されないほどの、多数の人間からの恨みにあると思います。

その恨みは、螺旋となって、「末代まで」という表現に残されていました。


けれど、私が頭で見たものは、確かに「恨み」ではありますが、逆恨みに似ていました。


それは、「ひどい悲しみ」を無視し続け、助けをも無視し、なおも自分達を守る盾に使い続けたことへの本当の恨みと、その恨みを理解できずに逆に恨んだことにあります。


なぜ、誰かを心から愛し、助け出そうとした者がひどく傷つけられ、それでも

それでも愛したのに

どうして、人は愛する者を永遠に傷つけられるのでしょうか?


「人が本当に死ぬのは、忘れ去られた時だ。」


私は、自分を省みても、思うことがあります。

日本は、人をそういった意味で殺しすぎなのではないかと。

記憶の中に、確かに生きていることを感じられる温かさは、生きてる温もりそのもの。


失って、心が傷ついてから、人は何に気づけるのか。


私は、何度も、思い出すことができたある人のことを見続けます。

その人への愛も、失うということの重さも、私がもうずっと理解することのできない、人としてとても大切な涙となって、夏から流れます。


思い出すって、すごく辛いです。
頭は痛いし、具合は悪くなるし、心は割れるような思いです。

他人に、これを勧められるかと言ったら、絶対できません。
やめた方がいい!と強く言ってしまうほど、思い出させることをやめさせようとするかもしれません。

けれど、私は大切なことも伝えます。

それは


あなたが思い出したいと思うなら、そう思い続けることで、必ずや脳に刺激が送られて、それは開くことのない記憶の詰められた箱へ辿り着くでしょう。


私は、パンドラの箱でした。

たくさんの悲しみ、痛み、悔しさは涙となって流れ、怒りを呼び、心に嵐がきました。
それらが過ぎる日を、今度は自ら心を歩いて経過させなければならず、私は先がわからなくなったことがありました。

それでも、もがき続け、私はまた箱を探す心の旅に出ました。

不思議ですね。
自分の中のことだからなのか、意思が導く道があるんですね。

私は、そうやって現実を歩き、心で旅をしながら、箱を開け続けました。


時に、現実が私を救い、支えるように照らす光の役割となりました。

「人生は、冒険旅行」

この言葉が、私の人生を楽しげなものにするように、照らします。

なぜなら、私はファンタジーの世界を長いこと冒険していたからです。
それに置き換えたらいいんだと思えたんですね。

ずっと、忘れずに覚えていたことは、ある日繋がりを見せたりする٩( 'ω' )و 

そして、私はパンドラの箱の中にある、小さな光の記憶に助けられてきました。

それは、大半が笑いでした。


辛く悲しい記憶の中にも、そんなことがまるで嘘のように楽しい笑い声が、時を超えてまたやってきた。

それもまた、涙となりました。


だから、言えることもあります( ´:ω:` )

思い出して良かったことは、自分へのご褒美「自分」であり、「今」であり、辛くとも乗り越えた先に未来を見れることです。

けれど、そこに「人からの感動、賞賛」を求めてはいけません。

すごいことなんですよね!
記憶を戻すって。

けど、わかってもらえないのです。

必ずしも、全ての人間が喜ばないこともあるのです。

それが、おそらく「何らかの事件性」に関わっている事実です。


あなたは、辛いことを思い出したいですか?


それが「思い出したくない」と思えるのなら、覚えているのです。

私は、過去に言ったことで今もハッキリ覚えていることは、どんなに辛くても「今度こそ耐えてみせます。記憶を取り戻したいんです。」と心で強く誓ったこと。

記憶を司る脳の一部との会話だと思ってください( ˙ᵕ˙ )

「それを聞いて、安心した。」


私は、私の記憶の箱の主「メモリーさん」と約束しました。


モリーさんは、隠した箱をどこかに置き、私を助けました。

「大事なことを忘れてはいけない。君はその過去を乗りこえて、今を生きているということだ。そのことを決して忘れるな!」

私のメモリーさんは、なんかカッコいいんです(* ॑꒳ ॑* )
これはきっといろいろあって、優しいとか、楽しいとか、人それぞれに持っている「人柄」だと思います。

それが、本当の「人から見た自分」なのかなぁなんて思いますよね!
そうだったらいいなみたいな(*´ 艸`)

思い出せてくると、そうなってる自分に気づく時もありますね。


けどやっぱり、思い出した先を、見えないはずの未来を悲観したりします。
思い出すって、過去と未来の狭間を生きることで、「今」に気づき、たくさん泣くことかなぁとも思います。

自分は乗り越えてても、やっぱり波打ち際にいるみたいに、寄せては返す悲しみを「ぜひ!」なんて辛い体験した人には言えないですよ。


そこで、上記に本当は覚えてるって、書いた部分なんですけど…


「思い出したくない」と本人が泣いている場合は、人にもよりますけど、私には「受け止めたくない」であり、耐えられないのではなく、もう心を痛めたくないという本来の防衛本能になりますかね。


やがてそれは、「忘れたい」になるんですよ。


けど、記憶の中に、もし重大な事実があったり、存在を忘れてほしくない人がいたとして、

それがあなただったら、忘れて、人を嘲笑って、そういうところがおかしいのに、自分でおかしいとさえ思わないくらい、感覚が壊れて生きていたら、腹立ってきませんか。

だんだん、かわいそうな人から、腹立つ人になってくんですね。

それが、本人には不当な扱いと認識され、意味もわからず冷たくされるなどになり、また心を傷つけてしまったりします。
ここで、その痛みに耐え、おかしなところに気づくために、頭を痛めたりしながら考えていくことに、意味があるんですね。

けど、辛いですね。

人は、何かを失うと、その後も永遠に失い続ける。
それは、星の輝きさえも。

空には、数えきれない星がある。

そのひとつひとつに、私達は映し出され、照らされている。

どこかに、自分の星があります。
それは、どんなに輝いて見えようが、どんなに小さくか細い光であろうが、自分です。

もっと輝きたいではなく、光らせてあげたい、あの星を。
自分ではなく、星に思いを馳せるのですね。
そんな風に思われて、星が心に宿らないなんて、つまんないこと思いますか?( ´:ω:` )


日本や世界が愛す、見上げてごらん夜の星をは、なんで愛されてるのか。


みんな、触れないほど遠く離れた星が、好きだからです。


星に願いを。

流れ星は、本当は誰かの涙だったら願い事してる余裕なくない(´;ω;`)

あなたに流した、涙とか。
私は、悲しみより笑い泣きがいいけど( ˙꒳​˙ )

笑い泣きしてたら、「あっ!(コノヤローw)」て、ボケるかもしれない。

1回だけ見たことあるんですよ。

フロリダで!☆彡

外を眺めてたら、結構明るめの星がポロリんって落ちたんですよ!

星が空からとれた!とか落ちた!って感じ。

初めてで感動しすぎて、願い事そっちのけで喜んでた(;∀;)

願い事3回って、しゃっくり止める時の魔法みたい。

本当は、「ありがとう」って空を通して誰かに言葉を届けるキセキなのかもね。

SNSもまた、流れ星かな(*´ 艸`)


不安の中身じゃなくなってしまいましたが、「呪い」に負けて、泣くことをまた忘れちゃってたんですね。


誰かを想って、いつでも泣いたらいいんだね。
そしたら、届くんだ。いつかきっと。

誰もがそう願って、空に思いを描くんだから。 

空の軌跡は、ずっと巡ってるよって言ってる。
星の奇跡、太陽の軌跡、月の満ち欠け。

ハイ、テジナーニャ☆彡


思いを感じられる、今回のオススメは、全米で1位を獲得しました、ホールニューワールドです!( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

私は、これで怒りがおさまるんですよ。


イカン イカン 誠にイカ


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|Д゚) アホの新しい世界だよ!
⊂) 
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