White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

裏庭

4年前くらいに購入した、iPad miniから『幸せとクソ』第2部にあたるものを、そのまんま続きで載せてます。

ちょっとひと手間かかるので、迷いながら。
慣れてないだけなんですけど。

スマホの中にはなく、いつもスマホから書いている私にはなかなか勝手がわからないもので。

まさか、miniにもブログアプリ入れてるのに無反応だとは思わなくて(笑)

デフォルトのメモに入れてたのがアダになってしまいました(´•ω•`)


前作の雰囲気って、自分で気づいてるものは、表現の癖です。

今の私には、いつの間にか抜け落ちた癖がまだ残ってる状態の文があるなぁと思いながら、見てます( ˙ᵕ˙ )


第2部が、実は最初に書いていた話だったのは、私の表現力による理由と、「幸せの青い鳥=魔法使いさん」という設定が浮かんでなかったことなどがあります。

ここで、日々の悩み事から、作者として森を壊そうと思ってしまったことが、第1部のラストを引き起こしました。

どうしても、そこは変えられなかった。

そして、第2部は本来描いてた話。
魔法使いさんのいない、弟子とコロボックルだけの世界。

やがて、コロボックルに押し付けた「悪」はもうひとり、別の存在を生み出していた。
それが、ハッキリした時、呼び名を変えて「コロボックレ(アイツ)」になった。

そんな感じでしたが、2部ではPTSD統合失調症を薄めた世界観を描きました。
公開目的ではなく、描きたいものをと思っていたので。

コロボックルの方は、表現してありますが、魔法使いさんにとって、存在が見えない、声だけ聞こえるというのは、とても恐怖を感じ、不安になるものだということを実体験を混ぜて表していた時期のものでした。

コロボックルにはそれが見えているということが、どれほど救いなのかを考えて、描いていました。


記憶喪失ものというジャンルにはあたらないので、綺麗な戻り方の描写もしていないし、私はあまりその様子を美化できないので。

よく耳にするのは、「戻り方に無理がある」というもの。
ワンピースのサボのシーンでさえ、そう言われていたけど、私はすごくよくわかりました。

こういう場合、どういった戻り方がデフォルトなのか、本当は誰にもわからないですよね( ˙꒳​˙ )

「それぞれ」と言える人の方が、私は柔軟な思考や見方ができる人で、話したいなと思いますけど、中には固定観念を持っていて、どこからか刷り込まれてしまった情報を元に、納得いかないってなってしまう方がいるのも、「記憶喪失もの」にはつき物でしょうか。


日本は、そういう意味で平和なんでしょう。


いろんなジャンルがありますよね。
異世界もの、記憶喪失、バトル…。

描きやすい理由は、「自分の世界」に行けるからですかね(笑)


でも、感想ではなく、人に聞かなきゃわからない、「記憶喪失」を題材にするのは、私はなんか腹立たしいなと思うこともあります。

想像でもその様子や戻り方を補えないなら、材料に選ぶべきじゃない。
自分の体験ではない、創作ならフィクションであり、これが自分が考えるものだということは、ハッキリさせておくべきかなと、考えます。


私は、「人それぞれ」は大事だと思いますので、カテゴリーを分けている「記憶の壺」においては、そうしてます。

創作は、作り話の域を出られませんから。

実体験を元にしていても、フィクションになる世界を描いていることは、作者が一番わかってなきゃいけなくて、次に読み手さんがわかってくれることなのかなと思います。

それを、「伝わるように」描くとも言うと思います。


「読み手さんを信じて描く」という言葉は、私にはありがたいものです。


今の時代、誰でも表現できますから。

売り手、買い手、市場みたいですね!


真の魅力は、読み手さんであり、読み専と言われる方々のほうが、詳しく、また優れた心の眼を持って、いろんな物語を読み解けるのかなと思いますね( ´:ω:` )


表現力よりも、きちんと育てる読解力かな。

子供がいたら、そう考えて途中から私が教えたいことを入れてたお話ですから(๑•ᴗ•๑)
よくは、わかんないまんま突き進んでしまいました。


本当のネタバレをすると、この森は、現実のものにたくさん置き換わっていくこと。

明かしてあるのは、絶滅動物、幸せ、声の正体、記憶喪失の名前くらいだけど。


本当は怖いって、そういう見方をしてしまうと、なのかもしれない(´·_·`)


さらりと裏庭を知っていただくだけで、物語は広がりを見せ続けてくれるもの。