White Rainbow

ある日、霧の中で幻のクマと1匹の野良猫が出会った。

大好きすぎて泣くもの

お話をする時に、「起承転結」を大事にしてきたのですが、これには批判もあるそうですね。

小学生時代に、すっかり刷り込みをされてしまいますが(´°д°`)

三部構成の方が主流だとか、転のところに突拍子もないものが含まれるとか、良くないとされるには理由があるようです。


私は、「起承転結」で描いてきただけに、軽めのショックがありました。

言われると、転の部分に物語の一番やりたいことを持ってくるやり方でしたので、「転」は山であり、お話を盛り上げるのに必須と思っていました。


「ところが」という言葉があるので、うまくいかない様子、または災い転じてなのかなと思っていましたけど、研究しだすと難しい見方もされるみたいですね(´∵`)


私は、月9野郎どもの陰謀と言いたいものをされたので、尚更そういった計略のようなものに、敏感です。

大体、恋愛を絡めたものですが。

起承転結で考えた時に、私がつまらないんですよね。

それ、転がないからかなと思って(´•ω•`)

昔話において、「ところが」がないってそのまんまオチですよね。


大好きな笠地蔵の一番大好きなところがないって、泣きたい(´;ω;`)

おじいさん、ただ手ぬぐいと笠かけてきただけで、何もないみたいな。


「転」って、転じてって言えるだけに、大切だと思ってますけど、必ずしも…なんでしょうね。


最近の話では、任天堂さんに対するお話を知りました。


起承転結でまとめてくれてる人もいたので、「転」が活きてくる展開やお話って、それ自体にいい話が多いですかね( ˙꒳​˙ )


任天堂さん関連のもので、昨夜は泣きました。

感動と衝撃で。

まず、DSが子供の時にあることに泣き。
私の世代はレトロ扱いの緑の液晶画面、ゲームボーイだったことに泣き。
ポケモンのお話を知って、泣いた。
だから、みんな任天堂が大好きって知って、また泣いた。

自分と同じように、ゲームに「大好きだ」って言う理由があるって、泣くね。


久しぶりに、マリオカートでドリフトしたくなりますよ。゚(゚´Д`゚)゚。